



















尖閣湾の観光を終え〝尖閣湾揚島遊園売店(土産物店)〟まで戻って来まして時刻を確認しますと、P.M.4:15頃でしたか…
本日の行程は〝尖閣湾観光〟でオシマイですから、暫し土産物店内をブラブラと…でも、別段求めたいモノもありませんから、ほどなくバス車内へと(^-^)
P.M.5:00には〝ホテル万長〟到着で、夕食は6:00からですから、入浴等で暫しユックリ過ごせそうであります。
館内イベントで、昨晩は20:10から1階ロビーで〝佐渡おけさ公演〟でしたけど、今晩は夕食を終えますと〝国史跡「北沢浮遊選鉱場跡」〟ライトアップに出かけます事に。
で、早速、受付に、1便19:30出発の予約電話を入れますと「時間が来ますと、参加者全員が揃っておられなくても、バスは出発します…」と仲々手厳しいお言葉が(^-^)
…と言う訳で、まずは入浴を済ませます事に。
入浴を終えますと、夕食後に出かけます〝国史跡「北沢浮遊選鉱場跡」〟をスマホで検索し事前学習となりました。
◆北沢浮遊選鉱場
--- 出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』---
北沢浮遊選鉱場(きたざわふゆうせんこうば)は、かつて新潟県相川町(現・佐渡市)にあった佐渡金山(相川金銀山)の選鉱所。2012年(平成24年)に国指定史跡「佐渡金銀山遺跡」に指定され、2015年(平成27年)には重要文化的景観「佐渡相川の鉱山及び鉱山町の文化的景観」の構成要素にも選定された。
<歴史>
・歴史
相川町の北沢地区では、1937年(昭和12年)の日中戦争開始に伴う国策の増産体制の一環として、同年から1940年(昭和15年)にかけて大規模な選鉱施設が整備され、当時としては最新の技術である浮遊選鉱を行う選鉱場のほか、シックナー(濃縮器)が建設された。月間5万トンの原鉱を処理する大選鉱場として操業され、1940年(昭和15年)には佐渡鉱山史上最高の産出量を実現した。
・廃止とその後
しかし1952年(昭和27年)の鉱山大縮小に伴って施設は廃止された。その後は跡地の一部にプールやゴルフ練習場が建設されたこともあった。
現在では浮遊選鉱場は階段状のコンクリート躯体のみが残され、シックナーは50mのものが1基残っている。また、明治期から整備された旧北沢青化・浮選鉱所や旧北沢火力発電所の遺構も隣接して残っている。
・利活用
遺構は「佐渡島のラピュタ」と呼ばれ、観光スポットとなっている。2010年(平成22年)には広場が整備され、グッドデザイン賞を受賞した。
2018年(平成30年)からは期間限定で夜間のライトアップが行われるようになった。2022年(令和4年)7月には、選鉱場前にあった佐渡市保有の倉庫をリノベーションして交流拠点「KITAZAWA KICHI」(キタキチ)がオープン。2階にはカフェ「北沢Terrace」が設置され、選鉱場前の広場にはテラス席も設けられた。
2010年(平成22年)11月に佐渡金山が世界遺産の正式候補となると、2022年(令和4年)にユネスコに対し正式に推薦された。国指定史跡「佐渡金銀山遺跡」としては江戸時代の範囲のみを対象としているが、重要文化的景観の「相川鉱山町」としては北沢浮遊選鉱場がある北沢地区も含まれている。世界遺産の推薦書では北沢地区を含む範囲が推薦されたが、2023年(令和5年)に行われたユネスコ諮問機関による現地視察の結果、2024年(令和6年)6月には「相川鉱山町の中で明治時代以降の影響が強い北沢地区は除外すべき」と指摘を受けた。佐渡市・新潟県・日本国政府は登録実現のために北沢地区を候補から除外し、同年7月の第46回世界遺産委員会で「佐渡島の金山」の登録が決定した。
なお、北沢という地名は、相川の南を流れる間切川が南沢と呼ばれたことに対して、浮遊選鉱場内を流れる濁川が通称として北沢と呼ばれたことに由来し、正式な町名ではない。濁川は選鉱作業で使った廃水処理に利用された。
…と、こんな〝北沢浮遊選鉱場〟で、2018年(平成30年)から期間限定で夜間のライトアップが実施され、観光スポットの一つとなっていますようであります。
夕食を終え、定刻10分前に1階ロビーに下りて行きますと、20名ばかりの方がお集まりでありました。
で、その方達の後に付いてバスに乗り込み座っておりますと、このバスは、特定団体sanがチャーターのバスとかで、全員急いで下車となりました(^-^;
未だ定刻前ですから、おかしいなぁ~と思っていたのですけど、GONsan達の乗車バスは、この後に出ますバスでありました(^.-)☆
こんなハプニングもありましたけど、バスは定刻にスタートで、15分程度で〝北沢浮遊選鉱場〟にと到着です。
挿入の画像が〝北沢浮遊選鉱場〟のライトアップの様子です。
別にガイドsanの案内があります訳でもなく、ただ現地にバスで連れて行って貰うのみで、後は各自勝手に散策しながら拝観です(^-^)/
いゃいゃ、事前にWEB上で〝北沢浮遊選鉱場〟を学習しておいて幸いでした。予備知識も無く、こんなライトアップを眼にしましても何の事やらサッパリですから(^_^)v
◆佐渡島のラピュタ -- 北沢浮遊選鉱場跡 --
--- 新潟県佐渡市 ---
--- https://magazine.air-u.kyoto-art.ac.jp/fushinjo/11476/ ---
新潟の海岸線は街灯が少なく、夜の運転中にバックミラーを覗くと真っ黒になります。今回、新潟に移住してから初めて訪れた佐渡島の海岸線も真っ暗でした。レンタカーを運転している私も助手席の友人もずっとしゃべり続けていたのは、少し怖かったのでしょう。目的地に到着すると突然、ライトアップされた廃墟が現れました。その幻想的な雰囲気に気圧された私たちは、しばらく黙り込んでいました。
その廃墟は、かつて佐渡鉱山から採れた鉱石の処理場として建てられた「北沢浮遊選鉱場(きたざわふゆうせんこうば)」の遺構です。遺された階段状のコンクリートに植物が生い茂るその姿から、映画『天空の城ラピュタ』の世界観を彷彿させると人気の観光スポットになっています。
浮遊選鉱とは、鉱山で採掘された岩の中から金や銀などを取り出す方法のひとつです。細かく砕いた鉱物を界面活性剤などの浮遊剤と一緒に水槽に入れてかき回し、泡とともに浮き上がった金銀粒を回収します。もともとは銅の選鉱工程で利用されていた方法ですが、金銀の回収に応用したのは佐渡鉱山が世界で初めてでした。
明治初期、鉱山の近代化をはかる政府は、佐渡鉱山に西洋人技術者を派遣しています。彼らが離島した後は、日本人技術者たちが引き継ぎました。昭和初期に建てられたこの選鉱場は、彼らが発展させた鉱山技術の結晶といえるでしょう。背景には日中戦争による金銀銅の増産運動がありました。そんな時代背景もまた、映画を思い起こさせるのかもしれません。
…と、ネット上には、こんな記載もありました。
挿入画像の最後の2枚は、北沢浮遊選鉱場跡、夜のシックナーです。浮遊選鉱によって不純物を取り除いた鉱石は、シックナーと呼ばれる沈殿濃縮装置でろ過した後、香川県の直島製鉄所へ運ばれましたとの事であります(^-^)//"
GONsan のホームページ ↓
日本全国通過旅 (http://gon.mbsrv.net/)
GONsanがこよなく愛します芦田川には、こんなおばけフナが生息しております(^.-)☆








































