01-720
02-720

 日々の絵日記の話題に事欠きますから、町内会の回覧から拾ってみましょうか(^-^)
 まずは、〝水呑交流間だより〟ですけど、1/28(土)からGONsanが暮らしています区域の住居表示変更のご案内。
 GONsanも早速、1/30(月)以降、あれこれと思い付くまま住居表示変更手続きを取って来まして、今は、ヤッと一段落です。が、未だに、〝あれも変更手続きを行わなくては…〟〝これも、しなければならなかった…〟と、手続き未済のモノが出て来ます(^-^;
 マイナンバーカード・免許証・健康保険証…と主要なモノは済ませていますけど、今からも暫くはポツン、ポツンと、出て来ますのでしょうねぇ~
 それと、こんな回覧も…
 ふ~ん、〝占部都美〟sanですか…
 もぅ50年以上も昔の事ですけど、この方の著書は、学生時代に講義・ゼミ等で使用しましたネ。当時は、お名前から、ひょっとしたら〝水呑のご出身なのかも…〟と勝手に想像しておりました。
 ら、やっぱり、水呑のご出身でしたようですねぇ~
 「FMふくやま 月間こども新聞」の1月号掲載分の写しが、『郷土の偉人たち』紹介で回覧で廻っておりました。
 それには、このような記載が…

 ◆第16回 占部 都美(うらべ くによし)<1920-1986>

 -- 《日本の経営学の主流をつくった立役者》--

 《戦後の高度経済成長期の経営学ブームを牽引》

 現在の日本の「経営学」は、アメリカ経営学がベースになっています。その立役者の一人が、福山出身の経営学者・占部都美です。都美は、わが国最初の経営学部である神戸大学経営学部の教授として、経営学の発展に多大な貢献をしました。
 1920年(大正9年)、都美は広島県沼隈郡水呑村(現・広島県福山市水呑町)で、占部寉五郎とタミの長男として生まれました。1937年(昭和12年)盈進商業学校(現・盈進高等学校)卒業後、横浜専門学校(現・神奈川大学)を経て、1940年(昭和15年)東京商科大学(現・一橋大学)に進学。大学ではドイツ経営経済学の第一人者・増地庸治郎のゼミに所属しました。
 1943年(昭和18年)、大学卒業後は三菱石油(現・ENEOS)に入社しましたが、大病を患い2年余りで退職。1946年(昭和21年)、財団法人運輸調査局(現・一般財団法人交通経済研究所)財務調査部に勤務。その後、1950年(昭和25年)から翌年までアメリカのピッツバーグ大学大学院へ留学。帰国後の1952年(昭和27年)、神戸大学経営学部助教授に就任しました。
 都美は、1955年(昭和30年)頃から、優れた経営管理手法である「事業部制」に着目し、その研究の成果をいち早く、本にして出版しました。

 当時、事業部制を取り入れていた会社は、国内では松下電器産業(現・パナソニック)をはじめとして五社に満たなかったといわれています。
 1963年(昭和38年) 教授に就任。この頃の神戸大学経営学部は、紛れもなく日本における経営学研究の最先端拠点でした。経営学の主流がドイツ経営学からアメリカ経営学へと移行しつつある中、都美はアメリカ経営学の第一人者としてこの流れを主導、アメリカ経営学を日本の経営学の主流にした中心人物となりました。
 都美はとても怒りっぽい性格でしたが、他方で人の面倒見がいいことでも有名で、ゼミは学生に圧倒的な人気があり、優秀な教え子を多数輩出しました。その中には、著名な経営学者の吉原英樹、加護野忠男(都美の娘婿)、金井壽宏、経営者では江崎グリコ会長の江崎勝久(グリコ・森永事件被害者)などがいます。
 また、戦後の驚異的な高度経済成長が始まると、ほどなく経営学ブームが巻き起こりました。そうした中、都美は1963年(昭和38年)、光文社カッパ・ビジネスから会社の状態を人体に例えた『危ない会社』を出版すると、4ヶ月で35万部も売れる大ベストセラーとなりました。一般読者向けビジネス書の著述にも積極的に取り組み、高度経済成長期の経営学ブームを牽引しました。
 1983年(昭和58年)神戸大学を定年退官後、名誉教授に就任。日本文理大学教授・商経学部長や松山商科大学(現・松山大学)教授になりましたが、ほどなく亡くなりました。都美は生前、「マネジメントの発明者」といわれる高名なアメリカの経営学者ピーター・ドラッカーから、日本を代表する経営学者として絶大な信頼を寄せられました。

 …と、こんな方のようであります。
 凄い先生でしたようですけど、故郷・水呑町に銅像が有る訳でもありませんが、経済学・経営学を学ばれた多くの学生の皆様が、この方の著書を手にされたものと思います。
 どなたか、有志者・資産家・富裕層・お金持ちの方でもおられれば、生家でした場所に銅像でも建立して頂けましたら嬉しいですねぇ~
 生家は、水呑のどちらでしたのでしょうねぇ(^-^)//"

GONsanのホームページ ⇒「日本全国通過旅」
気が向かれ、覗いて見て頂けましたら嬉しいかも(^-^)/"