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 沼名前神社を訪れます度に、境内周辺を画像に納めておりますけど、いつも気になりますのが、この年代物の機関砲(^-^)
 気になりますのですけど、今までWEB上で確認した事がありませんから、今回は検索してみます事に(^.-)☆
 で、『名前神社の機関砲 FRIED.KRUPP A.G. ESSEN A/R. Nr.85』で検索してみましたら、うん、うん、出て来ましたねぇ~
 こんな記載がありました(^_^)v

 ・務所でお守りとおみくじを買い、おみくじが今の自分の状況にすごくあてはまっていたので、ため息半分期待半分で見ていたらとても古そうな年季の入ってそうな大砲を発見。第一次世界大戦の戦利品でドイツ製だそうだ。なぜここに置いてあるのかな?

 ・沼名前神社境内にあるクルップ砲 ネットでググると第一次世界大戦で青島攻略戦の戦利品と説明があるがその他一切不明 砲はドイツ製らしい

 ・第一次世界大戦で青島攻略戦の戦利品だという話。軍から払下げられたらしいが、由来不明。
 砲架の銘板には「FRIED.KRUPP A.G. ESSEN A/R. Nr.85」「6cm.Bts.L.c/1900」とあるのでドイツ・クルップ社の六センチ砲ということになる。ところが、砲身の口径は四・五センチくらいしかない。
 つまり、砲身と砲架は別もの、そのため砲耳が砲耳座のサイズに対してゆるゆるの状態。
 刻字が消え去ってメーカーは不明だが、上の砲身は四十七密米保式軽速射砲。砲口の向きを逆にして取り付けてある。

 …と、こんな記載が。
 ふ~ん、第一次世界大戦での青島攻略戦の戦利品でありましたか…と、言う事は、境内の何処かに砲弾も有りますのでしょうねぇ~今まで何度も沼名前神社に参詣しておりますけど、砲弾は眼にした事がありません。注意して見ていませんでしたから、気付きませんでしたのかも…
 次回、沼名前神社参詣の機会がありましたら、今度は砲弾を画像に納めなくては(^-^)
 境内の一角には、こんな歌碑も…

 『ま幸くて また還り見む ますらをの 手に巻き持てる 鞆の浦廻を』

 これも、WEB上で検索です。すると、こんな記載が…ふ~ん、こぅいぅ意味でありましたか(^-^)//"

 ・歌は、「ま幸くてまたかへり見むますらをの手に巻き持てる鞆の浦みを」である。
 ・歌碑は、福山市鞆町後地 沼名前神社にある。
 ・歌をみてみよう。
 ・好去而 亦還見六 大夫乃 手二巻持在 鞆之浦廻乎(作者未詳 巻七 一一八三)
 ・≪書き下し≫ま幸(さき)くてまたかへり見む大夫の手に巻き持てる鞆(とも)の浦みを

 (訳)無事でいてまた戻って来て見よう。ますらおが手に巻き持つ鞆と同じ名の、この鞆の浦のあたりを。(「万葉集 二」伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)
 (注)「大夫の手に巻き持てる」は序。「鞆」を起こす。
 (注)とも【鞆】名詞:武具の一種。弓を射るとき、左手の手首に結び付ける、中に藁(わら)や獣毛を詰めた丸い革製の用具。弓弦(ゆづる)が手を打つのを防ぐためとも、手首の「釧(くしろ)」に弓弦が当たって切れるのを防ぐためともいう。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)
 (注)鞆の浦:広島県福山市鞆町(伊藤脚注)

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