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 今回の明王院来訪は、草戸山城跡に上がります通過点ですからスルーしても良いのですけど、そぅは言いましても、せっかく明王院を訪れましたのですから、境内を見廻し数枚パチリとなりました(^.-)☆

 ◆明王院本堂(みょうおういんほんどう)

 --- 国宝 昭和39年(1964年)5月26日指定 ---

 明王院は現在真言宗大覚寺派であるが、もとは常福寺といい律宗の寺院で、大同2年(807年)弘法大師の開基と伝えられている。江戸時代に明王院と改称された。
 本堂の建立については昭和37・38年(1962・63年)に実施された解体修理により、内陣蟇股【かえるまた】に「紀貞経代々二世悉地成就元応三年三月十四日沙門頼秀」の墨書が発見され鎌倉時代の元応3年(1321年)の建立であることがわかった。さらに現本堂の下に本堂の前身と推定される掘立柱穴が点在することが発掘調査によって確認されている。
 本堂建立後、元和7年(1621年)、元禄3年(1690年)の修理で改変を受けたが、解体修理によって忠実に旧規に復元された。本堂平面は前面2間を外陣とし、後部を内陣とする典型的な本堂となっている。様式は全体的に和様の姿をとりながらも、その木割や細部には大幅に唐様が採用されている折衷様の最も古いもので、外陣の輪だるき天井は極めて珍しい手法である。尾道の浄土寺本堂(国宝)とともに内海地域で最も古い建物として貴重なものである。
 厨子は春日厨子で扉の内側に蓮を描いた美しいもので、木造十一面観音立像(重文)を納める。

 ◆明王院五重塔(みょうおういんごじゅうのとう)

 --- 国宝 昭和28年(1953年)3月31日指定 ---

 この塔は貞和4年(1348年)住持頼秀のとき、一文勧進の小資を積んで造られたものである(伏鉢の銘)。和様の形態をよく整え、手法も雄大で南北朝時代を代表する建築で、全国屈指の古さを誇っている。
 内部は精麗な壁画と文様があり、特に四方の壁画に描かれた真言八祖行状図、四天柱の金剛界三十七尊、長押【なげし】・天井などには唐草文・花鳥・飛天などが描かれ、当初の彩色をこれほどよく残した塔は他に類例がなく注目されている。なお、表に五大虚空蔵菩薩、裏に兜率【とそつ】浄土を描いた仏壇の来迎図は、明治年間皇室に移され、現在東京国立博物館に保管されている。

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