公民館をスタートしまして、まず向かいますのが「足利義昭居館(鞆幕府)趾・御殿畑」「惣堂明神社」のようです。
その途中、眼に入りましたのが『真言宗如意輪山田邉寺(奈良時代建立 旧和光寺)』の立派な石柱。
◆真言宗如意輪山 田邉寺
福山市津之郷町に在る真言宗如意輪山田邉寺は養老五辛酉年(721)行基菩薩が開基し、無量寿院和光寺と称す。本尊は無量寿(阿弥陀)如来で、仏師春日が大和国長谷寺の本尊十一面観音を彫刻した余木で造ったと云われる。弘法大師が唐より帰国し、上京の途中大同二年(807)当山に立寄り、塔を建立するなど当山を再興した。
…との事ですけど、ふ~ん、津之郷には歴史のあります立派なお寺がありますのですねぇ~
それから、津之郷小学校方向に進んで行きますと、小学校敷地内に、「福山市史跡 本谷弥生遺跡」と「貨泉(福山市指定重要文化財)」の案内表示板が…案内板には、こんな記載がありました(^.-)☆
◆福山市史跡 本谷弥生遺跡
--- 福山市津之郷町大字津之郷 1960年(昭和35年)3月31日指定 ---
この遺跡は、津之郷の平野の北辺部に位置し、かってはこの附近まで海が湾入していました。
1943年(昭和18年)、ここから弥生土器にまじって貨泉(市指定重要文化財)が出土しました。貨泉は、中国の新の時代(AD14年)に造った貨幣で、朝鮮半島を経て伝わったものでしょう。
また、縄文土器(後期)や土師器、須恵器も出土しています。
縄文時代の後期から人が住みつき、弥生時代に大きな集落をなし、古墳時代にも集落があったことがわかります。
--- 福山市教育委員会 ---
◆貨泉(市指定重要文化財)
貨泉は、中国新の王莽(おうもう)が天鳳一年(西暦14年)に鋳造した貨幣で、中央に方孔があり右側に「貨」、左側に「泉」の二文字を鋳出している。日本へは朝鮮半島を経て伝わったものと考えられ、中国文化の東方波及を示すとともに、弥生時代中期の年代を明確に示す好資料となっている。
この貨泉は、昭和18年(1943年)に津之郷小学校校門脇に防火用水地を造成中、地表下1.3~1.4mの弥生土器を含む土層から出土した。直径2.3cm、方孔は一辺7.5mmで右側の「貨」の字は鮮明でない。裏面は無文である。
津之郷は古来より奈良津、深津、吉津などとともに奥深く湾入した良港として栄えたことも考えられ、こうした地理的背景の上に大陸との文化交流を物語る遺物が出土したことは重要である。
--- 津之郷学区まちづくり推進委員会 ---
ふ~ん、貨泉は、中国の新の時代(AD14年)に造られた貨幣との事ですから、想像も及びません永い年月を経て津之郷から出土とは、感動してしまいましたネ(^-^)//"
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