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 JR福山駅南口に到着しますと、駅構内を抜け駅北口へ…
 駅北口から石段を伏見櫓下へと上がります。が、福山城の案内板は毎回素通りのGONsanですから、タマには眼を通してみようか…と、珍しく立ち止まり、繁々と説明板を(^-^)

 ◆福山城

 福山城は、西国鎮護の重責を担って入封した徳川譜代の臣、水野勝成が元和6年(1620)より3ヶ年の年月を費し、陸海の要衝であるこの地に完成させた平山城である。
 総面積約8万坪(26.5ha)内外二重の濠をめぐらし本丸には、白亜の5層6階の複合天守と多数の櫓を構築、その偉容は、全国城郭中屈指の名城とされていた。
 その後、水野5代、松平1代、阿部10代の居城となり、明治になって濠は埋められ、月見櫓をはじめ多くの櫓が取り壊され、残された天守閣・湯殿等も第二次世界大戦の戦火により焼失した。
 幸いにも、築城当時、伏見城から移築した伏見櫓・筋鉄御門は、昔日の姿を留め、貴重な遺構として重要文化財の指定を受けている。
 なお、現在の天守閣等は、昭和41年市制50周年記念事業として、市民の浄財で外観復元がなされ、城跡は国の史跡となっている。
 城名 
鉄覆山朱雀院久松城(てつおうざんすざくいんひさまつじょう)
 別名 葦陽城

 …と、説明板にはこんな記載ですけど、う~ん、初めて眼を通しましたねぇ~
 
石段を伏見櫓下へと上がりまして、右側の筋鉄御門を覗いてみましたら、うん、うん、工事も既に終わったようですねぇ~

 ◆福山城筋鉄御門(ふくやまじょうすじがねごもん)

 福山城本丸の正門で西向きに建っている。元和8年(1622年)伏見櫓と共に伏見城から移築したものといわれている。
 下層の各柱には根巻き金具を付け四隅に筋金具を打ち、鏡柱の見付けと見込みに大小の乳金具を打ち付けている。門扉は内開き二枚建てで12条の筋鉄を鋲打ちし、乳金具を飾っている。
 上層は正面左端に出入口を設け、正面中央・右端と南側にそれぞれ格子窓を設け、内部床は拭【ぬぐい】板敷き、小屋梁天井となっている。
 外部は柱・土台・長押の木地型を出し、たるき・屋根妻・破風板・懸魚にいたるまですべて白亜塗りとしている。

 
伏見櫓下を左に進み、見学現場にと向かいますが、要所要所には現場関係者の方が待機しておられまして、見学者を誘導です。
 晴天ではありますけど、冷たい中で待機しておられまして、お疲れ様でございますですm(_ _)m


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