硅灰石の後方から、周辺の景観をパチリです(^.-)☆
・石山寺経蔵
石山寺は紫式部が源氏物語の構想を練った寺院として知られる古刹で、琵琶湖から流れ出る瀬田川の右岸に位置している。
経蔵は三十八所権現社本殿の背後に建つ校倉の建物で、淳祐内供筆聖教(国宝)などが収蔵されてきた。全国的にも類例の少ない切妻造の校倉である。
・紫式部供養塔と芭蕉の句碑
芭蕉の「あけぼのは まだむらさきに ほととぎす」の句碑。芭蕉は紫式部源氏の間を見て「紫」をかけて詠んでいる。
その左に紫式部供養塔。これは、石山寺で『源氏物語』を起筆した紫式部の供養塔。鎌倉時代の作だそうで、一番下層の4面に仏像が浮き彫りにされています。
・多宝塔(国宝)
1194年建立で、日本最古の多宝塔といわれている。
石山寺は、聖武天皇の勅願により天平勝宝元年、良弁僧正を開基として開かれた寺院である。 また、紫式部が参籠して『源氏物語』を書きはじめたとも伝わる。
多宝塔は建久5年(1194)建立で、年代の明らかで大規模な改修を行っていないものの中では、日本最古である。内部には快慶作の大日如来像を安置する。もちろん国宝に指定されています。
和歌山・金剛三昧院(こんごうさんまいいん)多宝塔、大阪・慈眼院(じげんいん)多宝塔に並び、日本三名塔のひとつにも数えられています。
・鐘楼(石山寺鐘楼の概要)
石山寺は大津市石山寺一丁目にあります。『滋賀県百科事典』によりますと、概要は「屋根は入母屋造桧皮葺(いりもやづくりひわだぶき)、袴腰(はかまごし)を漆喰塗(しっくいぬり)とした鐘楼で、鎌倉時代後期の建立とみられている。
上層の平面は正面の柱間数3間で4.56m、側面2間で2.85m。下層の柱上に台輪をめぐらし三手先(みてさき)組物で縁をうける。上層の組物も三手先であるが東大門と同じく尾垂木をもちいていない。全高は11.13mであるが、上層の組物には隅にも拳鼻(こぶしばな)をつけ、隅柱は少し長くして軒反りを美しくし、間斗束(けんとづか)は垂直であり、組高欄の端の切り方(角度)など古式があってみるべきものがある。重要文化財。(成瀬弘明)」とあります。
・めかくし石
目隠しをして塔身を抱きとめることができれば願い事が叶うと伝わり、ここも人気のパワースポットなのだとか。
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