GONsanの“気まぐれ独り言”


GONsanがこよなく愛します芦田川には、こんなおばけフナが生息しております(^.-)☆

広島県内の話題・景観

ふ~ん、弦2本の琴もありますのですネ(^.-)☆

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 GONsanの歳ともなりますと、身近な人が次から次にとお亡くなりに…
 つぃ先日は、町内の親しくして頂きました方がご逝去…その数日後にはGONsanの従兄のお嫁さんが亡くなってしまいました。
 生者必滅会者定離…定めとは言いましても、実に哀しいものであります。
 昨夜の通夜から我が家に戻ってきますと、従姉からLINEで、こんなメッセージが…

 
先程は、お疲れ様でした。10月2日の中国新聞に、葛原のお月見会の記事が写真付きで載ったのですが、子供たちも3人だけ、大人も高齢者と病人が増えて淋しい限り。
 私も、あの日に二弦琴を弾く心境ではなかったのですが、余りにも少ないので参加しました。新聞があれば見てください。…と、こんなご連絡。

 
10/2(金)に中国新聞朝刊記事に掲載…とは、この記事ですネ。
 ここ近年は、本屋sanで書籍を求めての読書とはスッカリ疎遠となってしまいましたGONsanで、情報源は、WEB上の情報と中国新聞の朝刊記事のみなんです。
 ですから、朝刊は毎日、結構時間を費やし隅から隅まで眼を通しておりますので、勿論、この記事も眼にしておりました。が、演奏しておられます方のお一人が、従姉とは想いもよりませんでしたよ(^-^)
 ふ~ん、そぅでしたか…ステージ上の左からお二人目が従姉ですねぇ~
 「
二弦琴」は、2本の弦のみで色んな音が出るのですか…
 水呑学区の文化祭等で「大正琴」の演奏は何度か拝見しておりますけど、今まで「
二弦琴」の演奏は拝聴の機会に恵まれておりません。
 機会がありましたら、一度、聴いてみたい…こんな気持ちが生じましたネ(^.-)☆
 永年、琴を嗜んでおります従姉ですけど、
二弦琴も奏でていますとは聴いておりませんでしたし…まぁ、GONsanなんぞは「二弦琴」すら眼にした事はありませんから(^-^)

 
歳を重ねて行きますと色んな制約も出て来まして、仲々自分の思うようには動けませんけど、出来る範囲内で地域活動への前向きな従姉の取り組み…イィですねぇ~
 今後もお元気に、地域の皆様と楽しく日々を過ごされますよう、ご祈念申し上げたいと思います(^-^)//"

 ◆二弦琴

 --- 出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』---

 二弦琴(にげんきん、二絃琴)とは、ツィター属の弦楽器の一種。二本の弦を同音に調律するのが特徴である。
 日本における二弦事の一番古い形は八雲琴で、明治期にこれを改良・分岐した東流(二絃琴)、更に大正期に東流を改良・分岐した大正琴、これらとは別の流れである竹琴が知られている。

 八雲琴は文政3年(1820年)に伊予国の中山琴主が出雲大社の神託を受けて作ったものとされ、当初は出雲琴・玉琴とも呼ばれた。
 元々は竹を2つに割って作ったが、今日では杉や桐の板で作られ、表板には竹を模した3つの節を、裏板には2つの響穴を刻んでいる。また、表板の表面には31か所の徽と呼ばれる目印が記され、徽に刻まれた31文字を読むと「ヤクモコトツホハウエヨリシタマテヲワカノミソチニナラヒキメヌル(八雲琴(の)壺(=目印)は上より下までを和歌の三十一(文字)に倣ひ決めぬる)」となる。
 胴の長さは約109cm、幅は11.5cm(尾部)~12.4cm(頭部)ある。頭部に開けられた2個の孔から絹糸で出来た2本の弦が出て、尾部に開けられた1個の孔を通して転軫に巻き付ける。転軫とは糸巻きのことで弦の張力調整機能を持つ。
 実際の演奏は琴を琴台に載せ、左手中指にはめた転管で弦を抑え、右手人差指にはめた竜爪を弾いて演奏した。琴主の没後は、大岸元琴(琴主の実弟)・村田友琴・黒田琴翁によって三派に分かれて明治に隆盛を迎えるが、大正以降は衰微して今日に至っている。

 大岸元琴の弟子で囃子方であった藤舎廬船(長唄家元としては初代藤舎呂船)は明治の初めに裏板を設けず、表板の裏側を船形にくり抜いた新しい琴を開発して新たな流派を創設して「東流」と称した。
 廬船が囃子方であったことから、歌舞伎の世界で用いられ始め、三味線とも組み合わされて演奏された。大正の初めには森田吾郎が更なる改良を行って大正琴を発明した。
 竹琴は明治の初めに盲目の地歌箏曲家であった葛原勾当が発明したもので、八雲琴とは別の系列に属する。

 …と、WEB上で検索しますと、こんな『
二弦琴(にげんきん)』のようであります(^-^)/"

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6/20(土)は、府中市「あじさい寺(神宮寺)」を散策でした(^.-)☆(18)

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 さほど広い駐車場でもありませんから、ヤッて来られる方・お帰りになられる方々の誘導で、駐車場担当の方も大変です(^-^)
 GONsan達が退散時には、幸いに駐車場内も余裕がありましたので、スムーズに出る事が出来ましてラッキー(^.-)☆
 帰路もまた芦田川沿いの土手を河口方向に南下です。
 途中に、損壊したままの沈下橋が…2018年(平成30年)7月の西日本豪雨災害の爪痕なのでしょうけど、このまま、もぅ復旧はされないのでしょうか…丁度、丸2年経過しておりますけど…

 そろそろ梅雨明けも間近いのでしょうけど、福山市内も本日夜から明日の朝にかけて激しい降雨が予想されております。この降雨が過ぎ去りますと、梅雨明けとなりますのかも分かりません。
 どぅか、何にも被害が出ませんまま梅雨明けを迎えたいものであります(^-^)//"

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6/20(土)は、府中市「あじさい寺(神宮寺)」を散策でした(^.-)☆(17)

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 神宮寺の山門を少し下りますと、苗の販売所が…あじさい祭りの期間中、苗の販売を行っておられますようですネ。
 今年は、新型コロナウイルス感染防止の為、バザーや写真撮影会は中止のようですけど、苗の販売は、6/30(火)まで行われるとの事でありました。

 参道をズッと下って行きますと鳥居が存在です。
 せっかくですから、鳥居まで下って1枚パチリ。鳥居には「南宮大明神」と記載がありましたネ(^-^)//"

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6/20(土)は、府中市「あじさい寺(神宮寺)」を散策でした(^.-)☆(16)

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 今から紫陽花・南宮神社巡りをされます方々も、おられますようですネ(^.-)☆
 GONsan達は駐車場へ…
 駐車場へ向かっておりますと、途中に山門が…ここが神宮寺の正門です。もともと南宮神社から別れた寺なので、この門の前が神社への参道になりますネ(^-^)//"

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6/20(土)は、府中市「あじさい寺(神宮寺)」を散策でした(^.-)☆(15)

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 神社下の紫陽花へ遊歩道を進んで行きますが、先ほどまで何人かの方々がおられましたけど、誰もいなくなりましたので、難なく嫁さんの場所確認。
 時間を確認しますと、あと15分程度で正午。うん、うん、皆さん、こんな時間ですからソロソロお帰りのようですねぇ~
 神宮寺・南宮神社・孝霊天皇御陵・紫陽花…と、一通り拝見しましたので、私達も駐車場へと向かいます事に…

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6/20(土)は、府中市「あじさい寺(神宮寺)」を散策でした(^.-)☆(14)

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 孝霊塚を画像に納めましたので、嫁さんも待っていますでしょうから「孝霊天皇御陵、寳筐印塔(ほうきょういんとう)、石人」とお別れです。
 南宮神社境内近くまで戻り、神社下の紫陽花へ(^-^)/"

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6/20(土)は、府中市「あじさい寺(神宮寺)」を散策でした(^.-)☆(13)

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 境内から東に下ると「四ッ堂」と「休憩所」が有りましたけど、これはスルーで歩きながらパチリ(^.-)☆
 そして、休憩所の先に孝霊塚の看板が存在です。これには、

 ◆孝霊塚

 古い宝筐印塔の立つ“俗称”孝霊塚は、南宮神社の主祭神である孝霊天皇の御陵と言い伝えられている。
 即ち天皇が譲位の後、此の所を仙洞として住まはれて崩御されて築かれた説と、御子吉備津彦命が、四道将軍として吉備国に御滞在の頃、御父の孝霊天皇を偲ばれて、御分霊を祀る御領を築かれた説との二説がある。

 …と、こんな記載でありました。
 看板から山道を少し進みますと休憩所、その先が孝霊塚でありました。
 途中、先客のご家族連れが楽しそうに賑やかに下りて来られました。擦れ違いの際に、南宮神社鐘楼方向に眼を向けましたら、う~ん、まだ、紫陽花を観賞していますようでありました(^.-)☆
 孝霊塚の下側には、「孝霊天皇御陵、寳筐印塔(ほうきょういんとう)、石人」案内表示板が…
 この案内表示板には、こんな説明がありました(^.-)☆

 ◆孝霊天皇御陵、寳筐印塔(ほうきょういんとう)、石人

 備陽六郡史に「神宮寺上に古き寳筐印塔有、是を孝霊帝の御墓といひ傳う、其の後に圖のごとくに山有、是陵ならんか」と記されています。(圖とは、この文の前に掲載されている地南宮神社 神宮寺一帯を書いた地図でその中に孝霊帝御墓がありそこに小山が書かれている。)
 又元禄地検帳(神宮寺郷土館に展示)にもこの御陵が社地として記載されています。
 寳筐印塔は、文字がはっきりしないので、不明な点はありますが中世に天皇供養のためにつくられたもので非常に価値ある重要な文化財であります。
 又石人は、殉死者を表したものと思われます。

 --- 府中商工会議所 ---

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6/20(土)は、府中市「あじさい寺(神宮寺)」を散策でした(^.-)☆(12)

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 神社の境内に鐘楼がありますのは大変珍しいのですけど、明治新政府の神仏習合の際に、鐘楼のみ神社の境内に取り残されましたとか(^-^)
 案内表示板には、こんな記載が…

 ◆南宮神社の鐘楼

 鐘楼は神仏習合時代の名残りで、当社が大社であったことを示している。方一間切妻造り、箕甲本瓦葺、四方吹き放ちの形式の鐘楼は、全国的にもかなり古い遺構であり、四本の角柱を内転びに建ててあり、虹染形頭貫と台輪を設け、下部に二本の貫を入れて、軸部を固めている。
 初代の鐘楼は、福島政則が広島に持ち帰ろうとして尾道沖で沈没。二代目は安政二年(一八五五年)ペルリー来朝の際、外国船に対する海防の目的で、幕府の命により、鐘楼を大砲に改鋳する事になり徴発されました。由来、一五〇年程、梵鐘の無い鐘楼となっていましたが、神社に鐘楼があるのは、全国で二百余り社、うち広島県は当社を含み二社で珍しいとされている。三代目の梵鐘として京都の岩澤鋳造㈱にて鋳造し、平成十六年七月に釣り下げることが出来たのである。

 …と、こんな記載がありました。
 南宮神社から退散しようとしましたら、こんな案内表示『孝霊天皇御陵伝説地 ⇒』が有りましたので、案内表示に従って進んでみます事に。
 でも、「孝霊天皇」とは、どんな方なのでしょうネ。

 ◆孝霊天皇

 --- 出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』---

 孝霊天皇(こうれいてんのう、正字体:孝靈天皇、孝安天皇51年-孝霊天皇76年2月8日)は、日本の第7代天皇(在位:孝霊天皇元年1月12日-孝霊天皇76年2月8日)。『日本書紀』での名は大日本根子彦太瓊天皇。欠史八代の一人で、実在性については諸説ある。

 ・略歴

 日本足彦国押人天皇(孝安天皇)の皇子。母は皇后で天足彦国押人命の娘の押媛(忍鹿比売)。兄弟として『古事記』では同母兄に大吉備諸進命の名が見える。26才で皇太子となる。
 父帝が崩御した年の12月、黒田廬戸宮(くろだのいおどのみや)に都を移す。それまでの山裾にあった宮と異なり大和盆地の中央に位置する。翌年の1月に即位。即位2年、磯城県主(または十市県主)大目の娘の細媛命を皇后とし、彦国牽尊(後の孝元天皇)を得た。また春日千乳早山香媛、倭国香媛らを妃にしている。倭国香媛との間には御間城天皇(崇神天皇)の時代に四道将軍となった彦五十狭芹彦命、疫病や反乱を収めるのに重要な役割を果たした倭迹迹日百襲姫命を得た。即位76年、崩御。

 WEB上で検索しますと、こんな方のようですけど、第三皇子の彦五十狭芹彦命(吉備津彦命)が伝説上の桃太郎のモデルであると言われているようですネ。
 『孝霊天皇御陵伝説地』で検索しますと、WEB上にはこんな記載もありました。

 ◆神宮寺と市宮神社と孝霊天皇御陵伝説地

 南宮神社は備後ゆかりの孝霊天皇とその皇子吉備津彦命を主たる祭神とする大社で創建は、大同2年(807)です。現在の建物は寛文9年(669)の建立で市指定文化財になっています。神宮寺は市宮神社の別当寺で、寺が宮から分離した時、鐘っき堂だけは神社に残したので、今でも神社の境内に鐘楼があります。神宮寺には県の重要文化財である鎌倉時代の春日版600巻の「大般若経」と絹本暑色釈迦十六善神 があリ郷土館に展示してあります。寺のすぐ裏山に孝霊天皇御陵伝説地といわれる古墳かあります。
 --- 府中商工会議所 ---

 ◆南宮神社の別当寺

 --- 2008年07月01日 https://blog.goo.ne.jp/rit3918/e/aec671dc6a53ccce02c8cb840485a488 ---

 “あじさい寺”の神宮寺は、面白い寺だった。裏山にある南宮神社の別当寺だったそうで、その境内にお寺の鐘楼があるのだ!
 本来なら、明治新政府の施策で神仏を分離させられる筈だったのだが、何故か鐘楼だけ神社の境内に取り残されたらしい。
 説明文を読むと、
 初代の梵鐘は、広島藩主・福島正則が広島へ持ち帰ろうとして尾道沖で沈没し、2代目は、1855年のペリー来朝の際、外国船に備えて大砲に改鋳する為に徴発され、それ以来平成16年に至るまで梵鐘が無かったと言う。
 流石に明治新政府も、空っぽになった鐘楼を「境内から移動しろ!」とはいい難かったのだろうか?今となっては定かではないが、いずれにしても150年も梵鐘の無い鐘楼はさぞや寂しかったであろうと同情する!

 孝霊天皇を祀った南宮神社の近くには孝霊塚という古墳もあった。
 古墳には宝筐印塔(供養塔)が立っていて、孝霊天皇の御陵(天皇のお墓)と言い伝えられているそうだ。
 息子は四道将軍として山陽道を制圧した吉備津彦命で、備前・備中・備後にある吉備津神社の祭神として祀られている。父子共に神話の世界の人達で、実在したかどうかについてははっきりしないらしいのだが、こうして神社に祀られていると嘗て実在した人物と感じてしまう。
 宗教とは不思議なものだ!

 ・(南宮神社)
 主祭神は第7代孝霊天皇などで創建は807年。昔は新市の吉備津神社と肩を並べる備後三大社のひとつであった。神社に鐘楼があるのは神仏習合時代の名残りで、広島県内には二社、全国でも二百余社しかなくて珍しい。

 ・(孝霊塚)
 孝霊天皇の御陵と伝えられる古墳で、孝霊天皇が退位後、仙洞(退位した天皇の御所)として住んでいたが、死後そこに御陵が築かれた…と言う説や、息子の吉備津彦命が四道将軍として吉備国に滞在中、孝霊天皇を偲んで分霊を祀る御陵を築いた、と言う説がある。

 それでは、「孝霊天皇御陵伝説地」に向かってみます事に(^-^)//"

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6/20(土)は、府中市「あじさい寺(神宮寺)」を散策でした(^.-)☆(11)

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 本殿内の御神像は拝観不能ですけど、案内表示板には、こんな記載が…

 ◆南宮神社御神像

 平成24年、東京国立博物館学芸員による御神像調査が行われ、平安時代に作成されたものと判明、平成25年4月東京国立博物館において開催された国宝大神社展に出展され、丸体の御神像は全国的にも珍しく、大評判となりました。
 平成25年12月吉日 南宮神社 総代会

 …と、こんな記載がありました。
 WEB上で「南宮神社 御神像」と検索してみますと、こんな記載も…

 ◆木造神像・木造随神立像の概要

 ・名称(よみがな) -- 木造神像(11軀)・木造随身立像(4軀)(もくぞうしんぞう・もくぞうずいじんりゅうぞう)
 ・指定種別・種類 -- 国指定重要文化財・彫刻
 ・所在地 -- 広島県府中市栗柄町2980
 ・所有者 -- 宗教法人南宮神社
 ・公開状況 -- 非公開

 備後国府の南方に位置する南宮神社に伝来した11躯の神像と、二組の随身像である。
 神像は本殿内に御神体として安置されていたもので、像高や作風などから男神その1~4と女神その1~3、女神その4・5と童子形、男神その5に分けられる。そのうち男子その1~4と女神その1~3は同じ作者の手になるとみられるが、年齢や身分を区別しており神格の違いを造り分けているものとみられる。神像製作の有様を考察するうえで注目される。
 随身立像は、随身門に安置されていた左右一対の神像二組で、その1・2の製作年代は12世紀後半と考えられ、中国・瀬戸内地方では古例に属する。その3・4は、その体勢や衣文表現に写実味があり、製作年代は13世紀前半から半頃と考えられる。
 本神像群は平安末期(12世紀後半)から鎌倉前期(13世紀前半)にかけての製作とみられ、多様な特徴を具えるのに加えて、出来栄えも一定の水準以上で、詳細な製作事情は不詳ながら近在の備後国府の関与があったと考えられる。当地方の神像彫刻を考えるうえで重要な作例と評価される。

 本殿の床下には、こんな案内表示板も…

 ◆府中市指定有形文化財 南宮神社 本殿

 --- 昭和58年12月6日指定 ---

 祭神=孝霊無天皇 伊弉諾・伊弉冉神金山彦を主祭神として14柱を祀る。
 大同2年(807年)の創建で、大昔は宮内の吉備津神社と肩を並べる備後三大社一つであったとも伝える。
 現在の本殿は、寛文9年(1669年)の造営と考えられ、正面5間、側面3間で入母屋造りである。大規模な5間社は県内に例が少ない。特徴として向拜は千鳥破風・唐破風付。
 内部は身舎柱が立ち仏堂的な建築様式である。近くには神仏習合を物語る別当の神宮寺があり、また、境内に鐘楼が残っている神社は珍しく、往古は非常に隆昌を誇った神社である。

 --- 府中市教育委員会・南宮神社 ---

 本殿右側には、再築のため比較的新しい四体の神社が…左から右に「塞之神」「市杵島神社」「出雲神社」「貴船神社」が存在です(^.-)☆

 ◆市杵島神社

 ・市杵嶋姫神を祀る。
 ・通称・宮島さん。

 安芸・厳島神社より勧請された神社です。もともとはここから200mほど離れた地に鎮座し明治時代初め頃までは、秋祭りの御旅所として賑わっていたそうです。が、神輿が担がれなくなると次第に忘れ去られて衰退…そんな経緯を経て、2000年に地元の有志によってこの地に移転再建された。

 ◆貴船神社

 ・水波能売神を祀る。

 もともとは、南宮神社・末社の筆頭である二宮として、栗柄・土生・僧殿・府川・高木・中須という6村の崇敬社だったそうです。当時は、平井の城平という地に祀られていた。しかし、1716年建立の本殿の破損が激しく、また同所に再建することが困難だったため、2004年にこの地に移転再建された。


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6/20(土)は、府中市「あじさい寺(神宮寺)」を散策でした(^.-)☆(10)

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 石段を上がって行きますと、スグ正面に本殿が…

 『本殿は正面五間、奥行三間の巨大な堂だ。ぱっと見には、八幡造か権現造の拝殿のように見えるが、この堂には背後に別の建物はなく、これ自体が本殿なのである。寺とも神社ともつかない建物だ。』…と、WEB上に綴っておられます方が…
 うん、うん、確かに背後に続く建物はありません。こぅぃぅ神社も珍しくはありますネ(^.-)☆

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6/20(土)は、府中市「あじさい寺(神宮寺)」を散策でした(^.-)☆(8)

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 皆さん思い思いにカメラを向けて楽しんでおられます(^.-)☆
 中には、難解な構図でカメラを構えておられます方も…GONsanも真似して同じ場所からカメラを向けてみるのですけど、凡人のGONsanには、どぅ撮ってイィものやらサッパリ(^-^;
 その内に、南宮神社入り口の石標にヤッて来ました。手前には「遊歩道入口↗」の案内標識も…
 どちらに進もうか…と暫し思案のあげく、先に「南宮神社」に進みます事に(^-^)//"

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6/20(土)は、府中市「あじさい寺(神宮寺)」を散策でした(^.-)☆(7)

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 本堂を通り過ぎ、一旦、境内から外の山道へと進みます。
 境内から出ますと二つ目の蓮池が…この蓮池に沿って「順路」の標識に従って進行です。色んな紫陽花がありますし、種類によっては、非常に大きな花を付けており見応えがありますネ。良く手入れもされておりました(^_^)v
 直進しますと、山の上には「南宮神社」が(^-^)//"

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6/20(土)は、府中市「あじさい寺(神宮寺)」を散策でした(^.-)☆(6)

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 紫陽花を背景に、そして、愛犬をモデルに撮りまくっておられます方がおられましたけど、これも拝見しておりますと仲々楽しい光景です(^.-)☆
 ご持参の椅子を片手に、気に入った場所にセット。その椅子にチャンとイィ子してワンchanがポーズを取っています様子は、大変微笑ましい光景でもありました(^-^)//"

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6/20(土)は、府中市「あじさい寺(神宮寺)」を散策でした(^.-)☆(5)

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 お寺の庭は、庭園らしく黒松などが植えてありますが、あじさいも庭のあちらこちらに存在です(^.-)☆
 神宮寺には、何でこんなに紫陽花が…との疑問も生じますので、WEB上で調べてみましたら、こんな記載が…

 ・府中市役所(広島県)

 --- 2015年6月11日 ---

 あじさい寺で有名な神宮寺の住職さんいわく、「あじさいはお辞儀をするけぇ、あいさつしとるみたいでええなあ」ということであじさいを植えられたそうです。
 ご近所の方が「神宮寺あじさいを育てる会」を結成され、月に2回集まって、草取りや看板設置、遊歩道の作業などされています。作業を呼びかける「あじさいニュース」というチラシは128号になっていました。
 あじさいは、湿気があって、お昼から日が陰るような場所がいいそうです。なので、あちこちに色んな種類の木が植えてあり、その木の陰にあじさいが咲いています。
 木の香りと、ひんやりとした空気、やさしいあじさいで心を癒してください。
 あじさい祭りは7月4日まで。駐車場代が300円必要です。
 あじさいは見頃を迎えています。府中市観光協会のHPはこちら→http://fuchu-kanko.jp/?page_id=680

 …と、こんな記載でありました。そんな経緯で(^-^)

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6/20(土)は、府中市「あじさい寺(神宮寺)」を散策でした(^.-)☆(4)

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 蓮池の廻りを一周しましたので、お寺の中に入ってみましょうか…
 んっ!?…拝観料がいるようですねぇ~500円を払って入門です。確か、300円の駐車料金も払いましたような…いゃ逆でしたか…駐車料金が500円で、拝観料が300円/一人でしたかも…う~ん、どちらでしたか覚えていません(^-^;
 お寺としましては、年に何度かの稼ぎ時なのでしょうから、まぁイィのですけど(^.-)☆

 神宮寺をWEB上で検索してみますと、こんなお寺のようであります。

 ◆神宮寺(あじさい)

 ・所在地 -- 〒726-0023 広島県府中市栗柄町2987番地
 ・お問合せ先 -- 神宮寺(あじさい寺) 電話:0847-45-5118

 80種3,000株のあじさい(市の花)が咲き誇る神宮寺(じんぐうじ)は、別名『あじさい寺』として知られています。毎年6月中旬から下旬にかけては『あじさい祭り』が開催されています。また、境内には地元栗柄町で発掘された土器や昔の生活用具等を展示した資料館もあります。

 ◆神宮寺の由来

 --- 神宮寺と南宮神社と孝霊天皇御陵伝説地 ---

 南宮神社は備後ゆかりの孝霊天皇とその皇子吉備津彦命を主たる祭神とする大社で創建は大同2年(807)です。
 現在の建物は寛文9年(1669)の建立で市指定文化財になっています。神宮寺は南宮神社の別当寺で、寺が宮から分離した時、鐘つき堂だけは神社に残したので、今でも神社の境内に鐘楼があります。
 神宮寺には県の重要文化財である鎌倉時代の春日版600巻の「大般若経」と絹本著色釈迦十六善神があり郷土館に展示してあります。
 寺のすぐ裏山に孝霊天皇御陵伝説地といわれる古墳があります。
 -- (広島県府中商工会議所から引用) --

 ・入園料金について -- 当園は、入園無料です。
 ・お車でお越しのお客様は、駐車料金をお願いします。
  一般車両(普通乗用車・軽四等)=300円
  大型車両(マイクロバス以上) =500円

 ◆神宮寺

 南宮神社の参道にある別当寺。(広島県府中市栗柄町)
 神宮寺、南宮神社の参道の途中にある寺。
 かっての南宮神社の一部だった寺。「神宮寺」というのは、神仏習合時代に神社の中にある寺を指す一般名詞であって、固有名詞ではないのだが、神仏分離時に固有名詞を付けずにそのまま一般名詞が名前になってしまったのだろう。

 …と、こんな「神宮寺(あじさい)」のようであります(^-^)//"

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6/20(土)は、府中市「あじさい寺(神宮寺)」を散策でした(^.-)☆(3)

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 GONsanの前を歩かれますお姉さん…立ち止まってはパチリ、そして数歩進んでは、またパチリ(^.-)☆
 その後をノンビリと歩きますGONsanなんですけど、そのお姉さんの立ち止まりました場所に行きますと、GONsanもまた同じアングルでパチリ(^-^)
 暫くこんな繰り返しが続きました。うん、うん、この方とGONsanは、撮りたい被写体が似ていますようでしたネ。

 小さな滝の左側には『四葩(よひら) (紫陽花 あじさい) 平成12年6月 竹下陶子』と刻まれた小さな石標が設置されてありました。いゃぁ、お姉さんがカメラを向けておられなければ、GONsanは見落とすところでありました(^-^;
 嫁さんは好き勝手にスマホで撮っていますようですから、GONsanは暫くこの方の後方で同じような画像を撮りながら歩いてみたいと思います(^-^)//"

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6/20(土)は、府中市「あじさい寺(神宮寺)」を散策でした(^.-)☆(2)

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 それでは、散策開始です。駐車場の上に小さな蓮池が…皆さんカメラを向けておられますので、蓮池を見廻しながらGONsanもパチパチと(^.-)☆
 蓮池の傍らに、どなたかの句碑が…句碑には、こんな俳句が刻まれておりました。

  球たれて 喜ぶ寺の 四葩とて 陶子

 「四葩」とは何と読み、何だろう…「陶子」とは、何者?…で、早速、WEB上で検索してみましたら、うん、うん、こんな方でありました(^_^)v

 ・日本伝統俳句協会の竹下陶子(たけしたとうし)先生の句碑
 毬たれてよろこぶ寺の四葩とて(句碑の俳句)

 ・竹下陶子(たけしたとうし)[基之]
 現住所:広島県 所属結社:青芦会 出身県:島根県 生年月日:大正12年11月4日生
 俳歴略歴:昭和16年ホトトギス初入選。虚子、年尾、汀子先生に師事。
      昭和48年ホトトギス同人。青芦会主宰。造化随従、花鳥諷詠を貫徹。

 ・竹下陶子(たけした とうし) 芸術文化分野 福山市
 俳人、公益社団法人日本伝統俳句協会顧問
 永年にわたり、俳人として優れた活動を行うとともに、公益社団法人日本伝統俳句協会顧問等を務め、地域文化の振興に貢献している。

 ・「四葩」は「紫陽花」のこと?
 --- 2017-06-08 21:32:43 https://ameblo.jp/muridai80/entry-12282002316.html ---

 ブログ仲間のコメントに「ぜひ『プレバト』を見なさい」とあったので、今日、午後七時から、テレビの「プレバト」を視聴しました。面白くて笑うことが多かったのですが、疑問に思ったことを一つだけ書いておきます。
 「紫陽花(あじさい」)の別名として、「四葩(よひら)」という言葉が季語として二人の句に出てきましたが、夏井先生はまったくこの言葉には触れませんでした。
 確かに、「あじさい」より「よひら」の方が、一音少なく、経済的で他に一音まわせるではないかと夏井先生は言いそうですが(あるいは、夏井先生の季語集にその語があるのかもしれません)、俳句を知らない私にとっては「難解季語」です。
 そこで、あり合わせの辞書で調べました。
 「よひら」を「紫陽花」の別名としているのは、『日本国語大辞典』と『広辞苑』などいくつか見つかりました。
 しかし、この「よひら」を「四葩」と書いているのは、『広辞苑』と『三国』のみでした。それも『広辞苑』は「四片」の後に加えてです。
 「葩」の音は、「は」です。
 私の調べた範囲では、『諸橋大漢和』にも、この文字「葩」を「ひら」と訓読みするとは書いてありませんでした。他の学習に使う漢和辞典いくつかも、その「ひら」という「訓」はありませんでした。
 どうして、俳句を作る連中は、「紫陽花」という素晴らしい日本語を捨てるのか、そして、「四片(よひら)」ならまだしも、わざと「四葩(よひら)」というのか、いささか呆れています。
 あえて、繰り返します。「葩」という文字に「ひら」という「訓」はありませんよ。
 私にコメントを寄越した人曰く、「俳句は季語を除くと、残りは言葉のゲームですよ」とのこと。
 私は「ゲーム」をしている暇はありません。諦めました。

 …と、こんな色んな記載が。こんな世界に疎いGONsanなんではありますけど、毎週『プレバト』は楽しんでおりますので、大変参考になりました(^-^)//"

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  • 9/19(土)は、また美星町界隈を散策となりました(^.-)☆(24)
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  • ニャンコが実に気持ち良さそうに居眠りを(^.-)☆
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