GONsanの“気まぐれ独り言”


GONsanがこよなく愛します芦田川には、こんなおばけフナが生息しております(^.-)☆

旅の景観・話題

9/19(土)は、また美星町界隈を散策となりました(^.-)☆(24)

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 生家には、「木山捷平」「木山萬里」の二つの表札が…木山萬里sanは、ご長男(元東京ガス常務取締役)ですネ。
 住居前の庭には、二つの歌碑が…一つは、木山捷平sanの歌碑で、もぅ一つは、木山捷平sanの妻・木山ミサヲsanの歌碑であります。

 ◆「ひんがしの」望郷歌碑(笠岡市内山口の生家)

 捷平さんの生家は、JR笠岡駅から県道笠岡美星線を北へ約10キロ、道路沿いの左方、長尾山のふもとにあります。
 生家の庭に歌碑が立ち、捷平さんの短歌「ひんがしの島根の中つ吉備つ国/黍(きび)生ふる里を誰が忘れめや」が刻まれています。この歌は満州(中国北東部)で故郷をしのんで詠んだ連作の望郷歌の一首。昭和47年3月に中学時代の友人達によって建てられました。

 ◆昭和45年歌会始お題「花」

 御題花 -- 東京都 木山ミサヲ --
 きりん草よつばひよどり咲きみちて 釧路湿原に鶴なきわたる

 WEB上で「木山ミサヲ」sanを検索しますと、こんな記事が…

 ◇木山ミサヲさん死去/作家の故木山捷平氏の妻
 --- 2002/12/09 19:30 四国新聞社 SHIKOKUNEWS ---

 木山 ミサヲさん(きやま・みさお=作家の故木山捷平氏の妻)8日死去、94歳。山口県出身。自宅は東京都練馬区立野町12の4。葬儀・告別式は12日午前11時半から東京都武蔵野市八幡町1の1の2、延命寺で。喪主は長男萬里(ばんり)氏。

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9/19(土)は、また美星町界隈を散策となりました(^.-)☆(23)

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 「木山捷平 生家」に向かって下っておりますと、途中に「長福寺」の案内表示板が…ここは、また後で立ち寄ってみます事に。
 この場所から少し下りますと、T字交差点で、直進か左折か少し迷いましたけど、左折方向に「木山捷平 生家 この下100m」が眼に入りました(^.-)☆
 ここからは狭い路地を通って「木山捷平 生家」に到着となりました(^_^)v

 ◆木山 捷平

 --- 出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』---

 木山 捷平(きやま しょうへい、1904年(明治37年)3月26日 - 1968年(昭和43年)8月23日)は、岡山県小田郡新山村(現在の笠岡市)出身の小説家、詩人。東洋大学文科中退。詩人として出発し、のち小説に転じた。「海豹」同人。満州で敗戦を迎え、帰国後、その体験をもとに長編『大陸の細道』『長春五馬路』などを発表。私小説的な短編小説やエッセイを得意とする。作家として目立たない存在であるが、庶民性に徹した飄逸と洒脱な表現で没後も根強い愛読者を持つ。
 長男の木山萬里は、元東京ガス常務取締役。

 ◇経歴

 矢掛中学校(現岡山県立矢掛高等学校)を経て、1923年(大正12年)に姫路師範学校(現・神戸大学)を卒業。小学校教諭となる。1925年(大正14年)に東洋大学専門学部文化学科に入学。後に東洋大を中退する。中学校在籍時より詩・短歌・俳句を作り始める。
 1929年8(昭和4年)に処女詩集『野』を自費出版にて発表。1931年(昭和6年)には第二詩集『メクラとチンバ』を同じく自費にて刊行。同年11月、宮崎ミサヲと結婚。
 1933年(昭和8年)に太宰治らと同人誌『海豹』を創刊。この頃、井伏鱒二と知己となり、以後親交が続く。同人誌創刊以降は小説家としての道を歩み、1939年(昭和14年)に処女小説『抑制の日』を発表、第9回芥川龍之介賞候補になる。1940年(昭和15年)に『河骨』が第11回芥川賞候補になる。
 1944年(昭和19年)に新境地を開拓すべく満州(現在の中国東北部)の新京(現在の長春)に農地開発公社の嘱託社員として赴任する。1945年(昭和20年)に現地召集を受け兵役に就く。太平洋戦争終戦後、長春で1年程度難民として生活を送り帰国。1954年(昭和29年)に『脳下垂体』、1957年(昭和32年)に『耳学問』が直木三十五賞候補になる。
 1962年(昭和37年)に、中国での戦争体験をもとに書かれた代表作『大陸の細道』を発表。1963年(昭和38年)に同作で第13回芸術選奨文部大臣賞を受賞。
 1968年(昭和43年)8月23日に食道癌で東京女子医科大学付属消化器センターにて死去。享年64。墓所は笠岡市の木山家墓地。法名は寂光院寿蘊捷堂居士。
 1997年(平成9年)に笠岡市などが主催して木山捷平文学賞が設けられ、2005年迄の9回にわたり受賞作が発表された。2006年(平成18年)からは公募の新人賞の木山捷平短編小説賞に模様替えされた。

 ◇備考

 郷里の笠岡市立図書館の2階には著作などを展示したコーナーが設けられているが、年譜を記載したパネルでは第二詩集の名称は不適切用語であるとして記載されていない。また、その下にある展示でも第二詩集の題名には紙が貼られているが、全て覆われておらず、一部が見えている。

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9/19(土)は、また美星町界隈を散策となりました(^.-)☆(22)

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 長福寺裏山古墳群を、ノンビリと散策して来ましたけど、この「東塚古墳」でオシマイのようですネ(^.-)☆

 ◆東塚古墳

 所在地:笠岡市走出字木々名・山口字竹ノ内
 時 期:5世紀後半
 前方後円墳 -- 墳長50m弱 後円部 径約25m 高さ3.5m
             前方部 幅推定約28m 高さ2.5m

 墳丘をとりまく周濠と周堤をもち、円筒埴輪も出土しています。開墾によって墳丘の南半分が崩され、真っ二つの状態となっていましたが、平成12年に残り半分が復元されました。(本来の墳丘との境目に点々とレンガを置いています。)
 後円部主体は崩されて残っていませんが、前方部には半分崩れた竪穴式石室が残っています。この石室は長軸に並行し、幅約1.2m、長さ3m足らずで、床面は平石を敷いています。床面からは、小型の五獣鏡、瑪瑙製勾玉(めのうせいまがたま)と滑石製臼玉(かっせきせいうすだま)、武器(刀・剣・鏃)・工具(刀子・鉇・斧)・農具(鎌・鋤先)・馬具(轡・鏡板・鉸具)などの鉄器と、短冊形の小さな砥石、木簡などに用いたと思われる大小の鎹が出土しました。
 出土遺物などから、この古墳は仙人塚古墳の後に築造されたものと思われます。

 --- 笠岡市教育委員会 ---

 「東塚古墳」の案内板付近には、『古墳群はここまでです 木山捷平 → お墓まで 下り300m、生家まで 下り400m』の案内板もありました。
 せっかく長福寺裏山古墳群を訪れましたのですから、大した距離でもありませんから「木山捷平 生家」に向かってみたいと思います(^-^)//"

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 案内標識に従って、「東塚・仙人塚」「一つ塚」方向に進んで行きます事に…そぅしますと、まず「一つ塚古墳」が…

 ◆一つ塚古墳

 所在地:笠岡市走出字木々名・山口字竹ノ内
 時 期:5世紀頃
 造出付の円墳 -- 墳長21m、円丘部径16m、造出部長4m、高さ1.5m

 円丘部の中央は盗掘のために凹んでいますが、この下に板状の自然石を立てたものがわずかに残っているため、ほぼ東西に長軸を向けた箱式石棺の存在が推定されます。副葬品は残っていません。

 --- 笠岡市教育委員会 ---

 そして、続いて「仙人塚」が…

 ◆仙人塚古墳

 所在地:笠岡市走出字木々名・山口字竹ノ内
 時 期:5世紀頃
 帆立貝形古墳 -- 墳長43m、後円部径35.5m、高さ5.5m・前方部長13.5m、高さ1.5m

 周濠と周庭をもち、後円部の周囲には葺石が鉢巻状にめぐっています。前方部では須恵器が出土しており、埴輪列も確認されています。
 後円部では二つの竪穴式石室が見つかっています。一つ目は、中央のかなり深い位置にあり、長さ約3m、幅と高さ約80mです。(見学可能)盗掘を受けて前方部側に口を開けていますが、もともと横口が付いていたという説もあります。扁平な石を積み上げて築き、床には小さな丸い石を敷いています。副葬品は出土していませんが、明治時代にここから掘り出されたという短甲(よろい)が、現在アメリカのメトロポリタン美術館に収蔵されています。
 二つ目の石室は、墳頂表土直下で見つかっており、中央よりもやや北よりにあります。盛土が流失したためか破壊が著しく、下半分だけが残っていました。中央主体を葬った後、次の主体を上へ重ねて造った珍しい幸造の古墳です。

 --- 笠岡市教育委員会 ---

 ◆長福寺裏山古墳群

 5世紀代に築かれた古墳群。「かさおか古代の丘スポーツ公園」として整備され、遊歩道がつくられている。
 七つ塚は、小さな4基の方墳だが、出土した「初期須恵器」は貴重である。双つ塚は、墳長約60メートルの前方後円墳で、井笠地域で最大の古墳である。周りには堀と土手がめぐっており、古墳本来の形をよく残している。
 仙人塚は43メートルの帆立貝形古墳で、葺石がふかれていたことが分かっている。最もたくさん埴輪が出土した古墳で、円筒埴輪のほかに動物・人物などの形象埴輪の破片も発見されている。現地に行くと、竪穴式石室が見学できる。明治時代にこの石室から短甲(鉄のよろい)が掘り出されたというエピソードが残る。
 東塚は50メートル弱の前方後円墳で、後世の開墾(かいこん)によって南半分が崩されていたが、公園整備に伴って復元されている。

 …と、こんな「仙人塚古墳」のようですけど、この仙人塚古墳の石室から掘り出されました「短甲(鉄のよろい)」が、何でまた現在アメリカのメトロポリタン美術館に収蔵されていますのでしょうねぇ~
 WEB上で捜してみましたけど、これについて触れておられます方は、おられませんようですネ(^-^)//"

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 双つ塚古墳を過ぎますと広場に出ましたけど、ここには弥生時代の遺跡がありました(^.-)☆

 ◆弥生時代の遺跡

 ・所在地:笠岡市山口字竹之内
      走出字木々名・小池ほか
 ・時 期:弥生時代中期~後期

 この山の上には、古墳のほかに弥生時代の遺跡があることが知られています。遺跡は尾根全体に広がっており、特に東塚古墳の東側と、この広場付近では、たくさんの弥生土器が出土します。
 この場所では、弥生時代後期(紀元後1~3世紀頃)の住居跡が確認されました。住居は、地表面を円形に掘りくぼめて建てられました。直径は7m程度です。土層の観察から、この竪穴住居は2回の建て替えが行われたことがわかりました。住居の床面からは弥生土器の破片が出土しました。
 実際の住居跡は、発掘調査後に埋め戻しました。現在見えているのは、住居跡の大きさがイメージできるよう整備した、平面表示です。表示しているのは、1回目の建て替え後の住居跡で、6本の柱をもっています。

 --- 笠岡市教育委員会 ---

 …と、こんな遺跡のようであります(^-^)//"

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 ◆双つ塚古墳(ふたつづかこふん)

 所在地:笠岡市走出字木々名・山口字聞名
 時 期:5世紀中頃
 前方後円墳:墳長-約60m、後円部-径約40m、高さ-5.5m、
             前方部-幅38m、長さ約30m、高さ6m

 備中西部で最大の前方後円墳です。墳丘の周りには浅い周濠(しゅうごう)と周堤(土手のような高み)が巡っています。墳丘は二段構成で、埴輪列が段築部と前方部つけ根のくびれ頂部で確認されています。埴輪の特徴から、この古墳は仙人塚古墳よりも古い時期に築造されたものと考えられます。
 後円部の中心に大きな盗掘穴があり、内部主体は完全に破壊されていましたが、穴の中から銅鏡1面が採集されています。
 この双つ塚の周堤東側に接するように、小古墳(双つ塚東古墳群)3基が並んでいます。そのうち北端の1号墳は、径13mの円墳と推定され、周囲から円筒埴輪が出土しています。

 --- 笠岡市教育委員会 ---

 ◆双つ塚古墳

 全長約60mの前方後円墳。
 後円部径約40m、高さ約5.5m、前方部約幅38m、高さ約6m、2段築成で埴輪・周濠を備える。墳丘東側では小円墳3基が確認されている。内部構造は不明だが、後円部には盗掘の跡があり、銅鏡1面が採集されている。5世紀中頃の築造。
 市指定史跡(長福寺裏山古墳群)、1963(昭和38)年指定。

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 それでは、「ききなの峠(たわ)」をノンビリと上って、案内表示板に眼を向けながら「長福寺裏山古墳群」を楽しむ事に致します(^.-)☆

 ◆ききなの峠(たわ)

 笠岡市走出字木々名(ききな)と山口字聞名(ききな)にまたがるこの峠は、古くから笠岡方面と高梁方面を結ぶ交通路として利用されていました。特に、道路が整備される明治の初年頃までは、ここは物資の重要な輸送路であり、また山口の大名領を通らずにすむ山道にも通じていました。このため旅人や行商人達がこの峠を越えて盛んに行き交っていたといわれています。明治時代には金浦の鮮魚を高梁まで運ぶ「魚荷(うおに)」の中継点にもなっていました。

 --- 笠岡市教育委員会 ---

 ◆長福寺裏山古墳群

 【市指定史跡 昭和38年12月25日指定】

 笠岡市走出と山口地区の境界をなす標高90mほどの丘陵が、南西から北東へと伸びています。古墳群はこの尾根線上の約600mの区間の列をなして築かれており、前方後円墳、造出付の円墳、方墳、円墳で構成されています。

 これらの古墳は、出土遺物などから5世紀代に次々と築造されたものと考えられています。特に双つ塚古墳は備中西部で最大の古墳であり、吉備中枢をやや離れたこの地域で、この時期、急速に台頭した勢力の存在がうかがわれます。
 出土品は笠岡市立郷土館に展示しています。

 --- 笠岡市教育委員会 ---

 ◆七つ塚古墳群(ななつづかこふんぐん)

 所在地:笠岡市走出字木々名
 時 期:5世紀前半

 一辺10mにも満たない小さな方墳4基が並んでいます。東端の2号墳は一辺約8m、高さ1.5mで、1号墳より先に築かれたものと思います。内部主体は木棺で、墳丘の裾からは須恵器の壺と甕(かめ)の破片が出土しています。
 1号墳は一辺約9m、高さ1m弱で、内部主体は長さ2.2m、幅約0.5mの箱式石棺です。この箱式石棺には小さな副室がついており、その中には須恵器の壺と𤭯(はそう)、土師器の椀が収められていました。また、主室からは刀・剣・鏃(やじり)・斧・鍬先などの鉄器や、滑石製勾玉・臼玉も出土しています。
 3号墳と4号墳は、1号墳に先行して築かれたと思われますが、墳丘盛土がほとんど失われています。4号墳の内部主体は木棺で、棺内からは鉄刀が出土しています。
 七つ塚の古墳は、規模こそ小さいものの、出土した須恵器は朝鮮半島との関わりをうかがわせるものであり、古墳群の正確を考える上でも重要な意味を持っています。

 --- 笠岡市教育委員会 ---

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 千手院から「かさおか古代の丘スポーツ公園」には、15分少々で到着です。
 今まで、この「かさおか古代の丘スポーツ公園」の入口付近は、車でよく通るのですけど「長福寺裏山古墳群」には、一度も訪れた事はありません。で、今回初めて、立ち寄ります事となりました(^.-)☆

 ◆古代の丘スポーツ公園

 笠岡市の北部にある豊かな自然と古代ロマンをテーマとした公園です。サッカーやグラウンドゴルフができるグラウンド、野球場などのスポーツ施設はじめ、噴水が整備されたふれあい広場、遊具を備えた子ども広場、テントサイト13区画のキャンプ場などレクリエーション施設を兼ね備えています。また、付近にある長福寺裏山古墳群とはかけ橋でつながっており、古代の人々の物語にふれながらの散策が楽しめます。

 ◆長福寺裏山古墳群(ちょうふくじうらやまこふんぐん)

 ・市指定 史跡
 ・所在地:笠岡市走出字木々名・山口字竹ノ内ほか/所有者:笠岡市
 ・指定年月日:昭和38年12月25日

 5世紀代に築かれた古墳群。「かさおか古代の丘スポーツ公園」として整備され、遊歩道がつくられている。
 七つ塚は、小さな4基の方墳だが、出土した「初期須恵器」は貴重である。双つ塚は、墳長約60メートルの前方後円墳で、井笠地域で最大の古墳である。周りには堀と土手がめぐっており、古墳本来の形をよく残している。
 仙人塚は43メートルの帆立貝形古墳で、葺石がふかれていたことが分かっている。最もたくさん埴輪が出土した古墳で、円筒埴輪のほかに動物・人物などの形象埴輪の破片も発見されている。現地に行くと、竪穴式石室が見学できる。明治時代にこの石室から短甲(鉄のよろい)が掘り出されたというエピソードが残る。
 東塚は50メートル弱の前方後円墳で、後世の開墾(かいこん)によって南半分が崩されていたが、公園整備に伴って復元されている。

 …と、こんな「かさおか古代の丘スポーツ公園」「長福寺裏山古墳群」であります(^-^)//"

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 この「千手院」東方方向に『浪形コミュニティ広場』と言うのがありまして、ここでも「浪形岩」を楽しむ事が出来るようなのですけど、哀しいかな場所が分かりません。
 せっかく近くまで訪れていますのですから、ついでに訪れたいのですけど、う~ん、残念。またWEB上で調べまして、出直したいと思います(^-^;
 それでは、この辺で千手院から退散です。帰路は、「かさおか古代の丘スポーツ公園」に立ち寄りまして、『長福寺裏山古墳群』を散策してみたいと思います(^-^)//"

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 千手院境内には、どなたかの句碑が…
 何と綴ってありますのか、GONsanの能力では分かりません。どなたの句碑なのでしょうねぇ~

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 ◆千手院 浪形岩
 標高約260m、千手院の庭に露出した貝殻石灰岩で、岩はだが長い年月の間に地下水で溶かされ、浪に洗われた跡のように見えることから浪形岩の名称がつけられました。

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 千手院の庭に露出した浪形岩…これらの配置は、手を加えられましたものか、当時の掘り出した位置のままなのかは分かりませんけど、イィ景観ですし、素晴らしい庭園でありますネ(^_^)v
 幕末に、千手院のご住職・証算和尚が、庭をつくる時に浪形岩を掘り出されましたのでしょうけど、当時は、これらの浪形岩は土に埋もれて、一部が地上に出ていましたのでしょうか…
 もし、そぅなのだとしましたら、浪形岩を掘り出す労力は随分なものだったものと推察致します。
 こぅして庭園を見廻しておりますと、莫大な年数を経まして、ユックリと変化していきます壮大な自然の営みが伝わって来まして、生物のみでなく、大地も、地球も、日々を逞しく生きているのだ…と、改めて感じてしまいますネ(^-^)//"

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 千手院境内をじっくりと拝見しましたので、それでは裏庭に向かってみます事に…裏庭への進入口には『岡山県指定天然記念物 浪形岩』案内板が…

 ◆岡山県指定天然記念物 浪形岩

 標高約260m、千手院の庭に露出した石灰岩で、浪形岩の名称をもっています。この石灰岩は、カキ、ハネガイ、ベンケイガイなどの貝類の化石から形成されていて、まれに、サメの歯、ウニの化石も見られます。時代は、中新世(約2000万年前)で、当時このあたりが浅い海であったことがわかります。その後、この土地は、造陸運動を経て、現在の位置に隆起しました。幕末に、千手院の住職証算和尚が、庭をつくる時に浪形岩を掘りだしたことにより、すばらしい景観を織りなしています。

 --- 指定年月日 昭和27年8月5日 井原市教育委員会 ---

 WEB上には、色んな方々が「浪形岩」について綴っておられまして、こんな記載もありました(^.-)☆

 ◆千手院地域(せんじゅいんちいき)[井原市]

 --- https://www.pref.okayama.jp/seikatsu/sizen/sizenkouen.etc/area/329senjuin.html ---

 ・ガイド

 千手院を中心とするこの地域は、以前は典型的なアカマツ林で起伏する山並みと相まって吉備高原特有の風土景観を構成していましたが、現在はマツに代わって広葉樹が主体となっています。千手院は、奈良時代に行基が創建したと伝えられる真言宗頂見寺(ちょうけんじ)の坊の一つで、神社や本坊跡、石仏などに往時繁栄の姿がしのばれます。
 この地域の地層は、約二千万年前浅海であったものが造陸運動によって隆起した新生代第三紀層中の海成層で、その層には貝類やサメの死骸等が密集堆積してできた含化石砂岩層が存在しています。この化石を含む石灰岩が浪形岩(なみがたいわ)と呼ばれ、当地域が発祥の地とされており、吉備の古墳から出土した棺にも浪形岩で作られたものがあります。また、千手院裏庭には、この地層が露出していて、頂見(いたみ)山五景の一つとして親しまれています。

 ・浪形岩(県指定天然記念物)

 標高約260m、千手院の庭に露出した石灰岩。カキ、ハネガイ、ベンケイガイなどの貝類の化石から形成されていて、まれにサメの歯、ウニの化石も見られます。幕末に千手院の住職証算和尚が庭をつくる時に浪形岩を掘りだしたことにより、すばらしい景観を織り成しています。

 それでは、千手院裏庭の浪形岩(県指定天然記念物)を、じっくりと隈無く拝見です(^-^)//"

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9/19(土)は、また美星町界隈を散策となりました(^.-)☆(10)

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 鬼ヶ岳ダム~千手院までのルートでは、「白糸の滝」の前を通過しましたハズなんですけど、う~ん、案内看板に気付きませんでした(^-^;
 また次の機会に訪れてみたいと思います。
 ナビ通り走行し、難なく「千手院」にと到着です。WEB上で検索してみますと、こんなお寺のようであります(^.-)☆

 ◆千手院

 ・住所 -- 岡山県井原市野上町971
 ・本尊 -- 十一面千手観世音菩薩
 ・御詠歌 -- いたみやま 月の光の かがやけば くらき道にも いかで迷わん
 ・見所 -- 浪形貝化石岩自然庭園(岡山県の天然記念物である浪形貝化石岩の露出を巧みに取込んだ自然庭園)

 ◇由来

 聖武天皇の天平九年三月、行基菩薩により開創され七十二坊を有した。千手院は、その統轄としての寺格をもち大坊といわれ、一山の行事を執行する。また、往時は、八丁四面の地をもち、その四隅に諸天善神を勧請安置し「シメ」を張り、真言密教の霊地と定められていた。
 保元年間、火災により消失のところ、建長三年藤原資泰(那須与一一族)再建し、梵鐘を寄進した。くだって天文年間、尼子・毛利両雄の戦場となり、一山の宝物文書一切焼失した。
 梵鐘は猿掛城に持ち去られ、のち笠岡市持宝院に寄進されたが、現在、和鐘としては三十九番めに古いものである。
 慶長二年、隆慶上人再興。
 現在の建物は寛政六年改築したものである。鎮守は八幡社で、天慶年間に一国一社八幡宮として勧請したものである。

 ◆瀬戸内三十三観音霊場 第15番 頂見山 千手院
  (岡山県井原市野上町971)

 ・浪形貝化石自然庭園の寺

 奈良時代に行基が創建したと伝えられる真言宗頂見寺(ちょうけんじ)の坊の一つで、神社や本坊跡、石仏などに往時繁栄の姿がしのばれます。本堂裏の庭には露出した、岡山県指定天然記念物の浪形岩(なみがたいわ)があり、頂見(いたみ)山五景の一つとして親しまれています。
 裏庭には浪形岩(岡山県指定天然記念物)と呼ばれる地層が露出しています。約2千万年前浅海であったものが造陸運動によって隆起した新生代第三紀層中の海成層で、その層はカキ、ハネガイ、ベンケイガイなどの貝類の化石から形成されていて、まれにサメの歯、ウニの化石が密集堆積してできた含化石砂岩層が 存在しています。この化石を含む石灰岩が浪形岩(なみがたいわ)と呼ばれています。
 国道486号に沿って井原鉄道があります。「早雲の里荏原駅」の北方、井原ゴルフクラブ西側の道をさらに北へ約800m進み、南西へ鋭角に曲がり、山道を3~400m進むと、広場へ寺の石柱が見えます。そこから寺への道を進むと、山門下に駐車場があります。

 ・千手院浪形石(平成21年5月15日追加作成)

 真言宗頂見山千手院の裏手には浪形石を使った、落ち着いた雰囲気の庭があります。幕末の時に住職であった証算和尚が作られたということです。
 浪形石はおよそ1500万年から2000万年前(新生代第3紀)、中国地方が浅い海であった頃に貝殻や砂が堆積して出来た砂岩で、別名浪形石灰岩とも呼ばれています。ハネガイ、ベンケイガイといった多くの貝化石の他に、まれにホウジロザメの歯の化石なども見つかります。
 また浪形石はこうもり塚古墳、王墓山古墳、牟佐大塚古墳といった県下屈指の古墳の石棺に使用されています。古の人々は、山の上に貝の姿が見えるということに、畏怖の念を抱いたためではないかと思っています。
 千手院のある頂見山一帯は、かつて行基の開いた頂見寺が隆盛を誇り、盛時には72坊を数え、鎌倉期には那須氏の外護を得たということです。しかし戦国の尼子、毛利の戦いによって灰燼に帰し、以後曲折を経て、本尊は塔中であった千手院に遷座されました。

 …と、こんな由緒のあります「千手院」であります(^-^)//"

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9/19(土)は、また美星町界隈を散策となりました(^.-)☆(9)

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 鬼ヶ岳ダムとお別れしますと、井原市野上町の「千手院(せんじゅいん)」に出掛けてみます事に。ここには、岡山県の天然記念物であります『浪形貝化石岩自然庭園』が有名ですから(^.-)☆
 鬼ヶ岳ダムからですと、ナビ通り走行しますと、一旦北上し、そして南下。少し遠廻りになるのかも分かりませんけど距離にして18km余り。所要時間は30分程度のようですから、ナビに従い走行です(^-^)//"
 途中、気が向きましたら『白糸の滝』にも立ち寄ってみたいと思います(^-^)/"

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9/19(土)は、また美星町界隈を散策となりました(^.-)☆(8)

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 ダム下の景観を楽しみましたので、それでは「鬼ヶ岳ダム」に向かってみます。
 タムに到着しますと、特に駐車場はありませんようですから、堰堤脇のチョッとしたスペースに駐車です。
 堰堤からダムを覗きますと水量は乏しく水位は低い状態でありました。反対側からダム下を見下ろしますと、先ほど散策しました渓流が(^.-)☆

 ◆鬼ヶ岳ダム(おにがだけだむ)

 住所:岡山県小田郡矢掛町、河川名:高梁川水系小田川、型式:重力式コンクリートダム、堤高:39m/堤頂長:96m、総貯水容量:141.4万m3、非常用洪水吐:ローラーゲート×3門、常用洪水吐(オリフィス)×2門
 1969年竣工の多目的ダム。洪水調節・灌漑用水。管理は岡山県。

 ◆鬼ヶ岳ダム

 --- 2017-05-10 16:04:01 岡山県 ---
 (https://blog.goo.ne.jp/match1128/e/1206d1cba5d432dafe051d1e1d456b7d)

 鬼ヶ岳ダムは岡山県小田郡矢掛町の高梁川水系小田川左支流美山川源流部にある防災・灌漑目的の重力式コンクリートダムで1969年(昭和44年)に竣工しました。
 運用開始後は矢掛町が受託管理を行っています。
 防災および灌漑目的ということでてっきり農地防災ダムかと思いましたが、事業者が岡山県土木部になっており農地防災ダムではなさそうです。
 美山川沿いの渓谷は紅葉の名所でダムの直下の鬼ヶ嶽は国指定の名勝にもなっており紅葉シーズンにはそこそこの人出があるようです。また鬼という地名から桃太郎伝説の鬼が島とされることもあるようです。
 矢掛町中心部から県道35号をひたすら北上すると鬼ヶ岳ダムに到着します。
 まずはダム直下へ。
 クレストには3門のローラーゲート、コンジットが2門あります。

 …と、WEB上で検索しますと、こんなダムであります。

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9/19(土)は、また美星町界隈を散策となりました(^.-)☆(7)

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 ダム下の渓流を横目に暫し散策のGONsan。
 WEB上で「鬼ヶ岳ダムの下」を検索してみましたら、こんな記載が…
 『ダムの下の渓流逍遙がお勧めです。何もないから、癒されます。夏は少し涼しく感じるかな。』…と、こんな記載が(^.-)☆

 うん、うん、確かにダム下には、特に何にもありません。
 ところで、『逍遙』とは、どんな意味?「逍遙」でまず頭に浮かびますのは、小説家の「坪内逍遥」なんですけど…語彙不足のGONsanですから、またまたWEB上で検索です。

 ◆逍遥(しょうよう)の意味
 しょう‐よう〔セウエウ〕【×逍×遥】の解説
 [名](スル)気ままにあちこちを歩き回ること。そぞろ歩き。散歩。「郊外を逍遥する」

 …と、こんな意味のようですけど、永年生きていますGONsanには、実に新鮮な言葉でありました(^-^)//"

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9/19(土)は、また美星町界隈を散策となりました(^.-)☆(6)

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 『白廉の滝・孤渡の滝』を後にしまして、鬼ヶ岳ダム方向に上がって行きますと、途中に「鬼ヶ嶽」の案内表示板が…
 車を駐めて拝見しますと、こんな記載が…

 ◆鬼ヶ嶽

 国指定名勝
 指定年月:昭和5年10月3日指定
 所 在 地:小田郡矢掛町上高末ほか
 管 理 者:矢掛町

 鬼ヶ嶽とは美山川の上流(美星町字戸谷の桜橋付近から矢掛町高末の青木橋付近まで)
の約4kmに渡る、地形の変化に富んだ峡谷をいう。この付近には花崗岩が露出し、川底は平坦面があるかと思えば、滝や滝壺、甌穴などがみられ、美しい渓谷をつくりだしている。昭和47年に鬼ヶ嶽ダムが完成し、渓流の多くが水没したが、人造湖の出現により荒々しい景観に加えて穏やかな一面を見る事が出来るようになった。
 また、ダム堰堤付近には垂直と水平方向の節理によってできた方形の岩石を積み上げたような断崖があり、高さは約30メートルを有している。これを通称重箱岩といい、鬼ヶ嶽の見所のひとつとなっている。さらに四季を通じて桜や紅葉などの広葉樹が美しく、渓谷に彩りを添えている。

 --- 矢掛町教育委員会 ---

 この案内表示板の脇には、ダム下方向に向かいます道がありましたので走行して行きますと、うん、うん、鬼ヶ岳ダムの下に到着です(^.-)☆
 WEB上で「鬼ヶ嶽」を検索してみましたら、

 ◆鬼ヶ嶽(おにがたけ)

 鬼ヶ嶽は、美川山沿いの鬼ヶ嶽ダムから上流4㎞の渓谷美が群を抜いて素晴らしい景勝地です。特に紅葉の季節は、川沿いが延々と赤く染まります。あまり知られていないのですが、桜の名所としても隠れた穴場となっています。
 鬼ヶ嶽は、温羅(うら)伝説の中で、温羅が温泉に浸り、吉備津彦命から受けた傷を治したことから名付けられました。

 ◆鬼ヶ嶽(おにがたけ)

 国指定 有形文化財【指定年1930年】分類/名勝

 鬼ヶ嶽は、小田川の支流美山川(みやまがわ)の鬼ヶ岳ダムから上流4kmの渓谷で、奇岩(きがん)と渓流(けいりゅう)が織りなす自然景観やそれをとりまく四季折々の風情は、地域の人たちの憩い(いこい)の場として親しまれている。植生(しょくせい)は、渓流の両岸の急傾斜地(きゅうけいしゃち)にアカマツや落葉広葉樹林で構成されており、秋に紅葉するカエデはこの地域の風景を特徴(とくちょう)付けている。また、渓流では、ゲンジボタルやカジカガエルが生息し、夏の風物詩(ふうぶつし)となっている。また、上流にあるラジウムを含む鉱泉(こうせん)は、昭和3年(1928)に鬼ヶ嶽温泉として整備され、多くの文人たちが訪れ、この渓谷美を題材とした作品も残されている。

 ・所有者 -- 井原市ほか
 ・所在地 -- 井原市美星町及び小田郡矢掛町

 …と、こんな「鬼ヶ嶽」のようですから、紅葉の時期に訪れますと、美しい景観が楽しめますかも(^-^)//"

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9/19(土)は、また美星町界隈を散策となりました(^.-)☆(5)

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 『白廉の滝・孤渡の滝』を充分楽しみましたので、それではこの辺で退散です。
 滝からの水流は、美山川へと続くのでしょうけど、その流れは雑木林に阻まれて見る事は出来ませんのが残念ですネ。
 それにしましても、NHKの大河ドラマ「武蔵」では、何でまた「白廉の滝」がロケ地に選ばれましたのでしょうネ…それなりに理由がありますのでしょうけど、少し不思議な気持ちも生じますGONsanなのでありました(^-^)//"

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9/19(土)は、また美星町界隈を散策となりました(^.-)☆(4)

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9/19(土)は、また美星町界隈を散策となりました(^.-)☆(3)

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 この日は水量が乏しいですから、見た感じは「孤渡の滝」の方が滝らしく見えましたネ(^.-)☆
 NHK大河ドラマ『武蔵』」の放映は、平成15年でしたから、既に17年も昔の事となってしまいました。どのシーンで「白廉の滝」でのロケが行われましたのか分かりませんけど、挿入の画像を見てみますと、5段目の左から3番目のシーンは「白廉の滝」なんでしょうネ。

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9/19(土)は、また美星町界隈を散策となりました(^.-)☆(2)

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 白廉の滝入口から随分歩くのかと思いましたら、さほど時間を要しませんで「白廉の滝」にと到着です。
 正面の赤茶っぽい岩に流れますのが『白廉の滝』で、左側が『孤渡の滝』。兄弟滝のようであります(^.-)☆
 水量が豊富でありませんから、あまり滝らしくはありませんけど、水量が豊富ですと、いずれの滝も豪快な景観となりますものと思います。
 「白廉の滝・孤渡の滝」の岩肌の色が対照的ですから、印象に残りますし面白いですネ(^-^)//"

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9/19(土)は、また美星町界隈を散策となりました(^.-)☆(1)

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 先月から、ヒマさえありますと矢掛町・美星町辺りを探索というか散策しておりますGONsanなんですけど、9/19(土)にはまたまた美星町界隈を散策となりました(^.-)☆
 まず、出掛けましたのは井原市美星町の「白廉の滝」。

 WEB上には、色んな方々が「白廉の滝」について綴っておられます。いくつか、拾ってみますと…

 ◆白廉の滝(びゃくれんのたき)

 せせらぎの中で流れる滝。「落ちる」というよりも「流れる」という印象が強い穏やかな滝。周囲は木々に囲まれ、せせらぎがよく聞こえるほど静かな自然の中にある。
 住所 -- 〒714-1405 岡山県井原市美星町宇戸
 ロケ実績 -- NHK大河ドラマ「武蔵」

 ◆白簾の滝(落差20m) 孤渡の滝(落差15m)
  (岡山県井原市美星町)

 「落ちる」というよりも「流れる」という印象が強い穏やかな滝。周囲は木々に囲まれ、せせらぎがよく聞こえるほど静かな自然の中にある。テレビ「NHK大河ドラマ武蔵」(平成15年)のロケ地に使われた。
 -- おかやま旅ネットから --

 兎に角、滝の場所が判らずに周辺をウロウロする。住民に滝の場所を聞いても知らないと言う。何度か聞いている内に滝の場所を知っている人が居た。ダムの下に戻って宇戸方面に道路を真っ直ぐ行くと教えてくれたが、宇戸方面への道標が無く、何か違うことが書いてあった。真っ直ぐの言葉通りに脇道に入ると大河ドラマのロケ地であった大きな看板が立っていた。こんな看板は道路の曲がり角に立てて欲しかった。
 --- http://17.pro.tok2.com/~vems/taki-100sen/33%20okayamaken/hakurennotaki/hakurennotaki.html ---

 ◆白簾の滝(井原市)

 矢掛から県道35号線を北上し、井原市美星町宇戸方面へ烏頭川沿いに約500m行き、そこから右側の谷に下りて、川沿いに約300m歩くとこの滝を見ることが出来る。橋の上から、左に高さ15mの脇滝、正面に高さ20mの本滝と、同時に2つの滝を見ることが出来る。本滝は急流の滝ですが幅も広く、白い簾のような綺麗な滝です。
 2003年NHK大河ドラマ「武蔵」のロケが行われ、谷の下り口に派手な標識が出来ています。それには「白簾の滝」と「狐渡の滝」と書かれ、脇滝が「狐渡(こと)の滝」ということだろう。

 ◆白簾の滝

 田圃のあぜ道を進む…少し不安…数分で堰堤に突き当たってしまう。堰堤手前に左上への踏み跡があり、その道を登ると立派な横道に出た。どうやらこちらが本来のルートのようだ。事前調査が不足していました。数分で滝が見えてきた。水の少ないナメ滝だ。左にも小さな滝が落ちている。狐渡(こと)の滝でしょう。
 白簾の滝の岩は赤っぽい。HP『岡山の滝見リスト』では、とてもいい滝に見えたんだが…水量ですね。中国道周辺の滝水量は充分だったのですが…滝見道を戻ると、駐車した場所より110m程上手に出た。「武蔵ロケ地」と書かれた立派な看板がありました。この付近の道端にも駐車出来そうです。
 --- http://taki3d.la.coocan.jp/08tyuugoku/okayama/1307hakuren/1307hakuren.htm ---

 …と、こんな記載がありました。

 WEB上での事前調査では、「白簾の滝」入口へのルートが難しいようにも感じますので、Googleマップで『武蔵』の看板の位置を確認です。
 幸いに場所が分かりましたのでナビにセット。そして、ナビ通りに走行しておりましたら、心配不要で難なく到着となりました(^_^)v
 「白廉の滝」入口には、車1台が駐車可能なスペースがありましたので、ここに駐車。
 それでは、白簾の滝(落差20m)・孤渡の滝(落差15m)に向かって散策開始です(^-^)//"

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9/6(日)は「滝山渓谷グリーンシャワーロード」を散策でした(^.-)☆(12)

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 今度は、「兜岩」の案内表示が…どの岩がそぅなのか、よく分かりませんけど、川辺に下りましてじっくり見ますと、兜に見えますのかも(^-^)
 足元に気を配りながらもノンビリと歩いておりましたら、いつの間にか駐車場まで戻って来ましたようです。
 滝山渓谷グリーンシャワーロード…仲々楽しめます散策道でありました。整備されました当初は、訪れます方々も大変多かったのでしょうけど、近年はどうなんでしょうねぇ~
 山歩きのお好きな方が、タマに訪れます程度なのかも…
 それでは、「滝山渓谷グリーンシャワーロード」とお別れです(^-^)//"

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本日は「秋彼岸会施餓鬼法要」で、お寺・お墓参りとなりました(^.-)☆(3)

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 ご先祖様への墓参りを終えますと、いつものように観世音菩薩にお参りです(^-^)
 GONsanは決して信心深くはありませんけど、亡き母が昔から、墓参りの便にこの観世音菩薩にお参りしておりまして、それを嫁さんが引き継ぎ「南無観世音菩薩」と唱えておりますからGONsanも立ち寄りお参りしておりますが(^-^)
 もぅ随分昔に、菩薩像の前で何と唱えていぃのか分かりませんで、たまたまお上人がヤッて来られましたのでお尋ねしますと、「南無観世音菩薩、南無観世音菩薩…」と唱えたらイィですよ…との事で、GONsan夫婦もそのように(^.-)☆

 GONsan夫婦以外にも、この菩薩像にお参りされます方は結構おられます。まぁ素通りされます方の方が多いのですけどネ。
 菩薩像にお参りされます方々は、大概、「昔から母がよくお参りしていましたので、それを引き継いで私も…」と、おっしゃる方が多いようであります。
 私達夫婦も同様ですけど、この観世音菩薩の謂われなんぞは分かりません(^-^)

 暫し観世音菩薩に手を合わせておりますと、付近で、「そんなとこに居たら、崖下に落ちてしまう!!」との声に振り向きますと、何と、ご高齢の女性が鉄製のフェンスを乗り越え崖上に(^-^;
 バケツの水を流しておられるのか、それとも何かを洗おうとしておられますのか…
 それに気が付かれました男性が慌てて女性をフェンスの内側に戻るよう支えておられます。
 もぅGONsanもビックリですよ(^-^;
 懸命に支えます男性のお陰で、ご高齢の女性は無事にフェンスの内側に…
 いゃぁ、実に恐い一コマでありました。
 もしこの女性が崖下に落っこちでもしましたら、助けておられます男性があらぬ疑いを向けられましてもお気の毒ですから、この様子を何枚か画像に収めておりましたGONsanです。

 とにかく、無事に、フェンスの内側に戻られまして一安心でしたよ。
 もし誤って崖下に落ちようものなら、この女性は重傷です。不運であれば、重傷のみでは済みませんでしたのかも…
 ですが、通りがかりの男性に気付いて貰い、大変ラッキーではありました(^.-)☆
 このご高齢の女性、後でよくよくお顔を拝見しますと、もぅ何年も妙顕寺のお世話をしておられます檀家の方でありました。
 何でまた、フェンスを乗り越え崖の上に立たれたのか分かりませんけど、どなたも気付かれませんでした場合を想定しますと、ゾッとしてしまいます。
 きっと、崖上の気になります箇所を洗い流すか何かを行っておられたものと思います。
 それにしましても、どのようにしてフェンスを越されたのかも不思議ではありましたネ。う~ん、またいで乗り越えられたのだとは思いますけど、それも実に恐いですネ(^-^;

 それでは、墓地から退散です(^-^)//"

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9/6(日)は「滝山渓谷グリーンシャワーロード」を散策でした(^.-)☆(11)

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 ここには、「婆ヶ淵」の案内表示が…
 星田池への往路では、こぅした案内表示板が眼に入りませんでしたけど、復路では何故か眼が止まってしまいます。
 何故なのでしょうねぇ~
 きっと、星田池から第二星田ダムに向かいますのが正規の遊歩道の散策コースで、そのルートでの散策者の眼に止まるよう案内表示板が設置してありますのかも分かりません(^-^)
 いぇいぇ、ただ単に、往路でGONsanが気付きませんでしただけなのかも…まぁどっちでも構いませんが(^.-)☆
 それにしましても、「爺ヶ淵」「婆ヶ淵」とは何でこんな命名を?…もっと気の利いた名前が無かったのだろうか…とも思いますけど、何か意味がありますのかも(^-^)//"

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9/6(日)は「滝山渓谷グリーンシャワーロード」を散策でした(^.-)☆(10)

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 「鬼の臼」辺りまで下りて来ますと甌穴群がよく見えますので、暫し鑑賞となりました(^.-)☆
 近くまで近寄れましたら良いのでしょうけど、崖下ですからそれはならず(^-^;
 遊歩道から見下ろすのみ。
 それでは、また前進です。
 暫くノンビリと下っておりますと、何となく何かの気配が…立ち止まり足元を見廻しても、何かいるようでもありません。ですが、何となく寒気も…
 気のせいだろうか?…と、星田川側に視線を移しますと、もぅビックリ!!
 GONsanの間近の木の枝のヘビとシッカリ眼が合ってしまいましたので、本当にビックリ(^-^;
 もぅ怖くて、少しずつバックしますGONsanです。そして、適度な距離を保てましたので、恐る恐る1枚パチリ。でも、ヘビsanは微動だにしませんで、ズッとGONsanを見つめてくれています。
 暫くお互いが睨めっこ。そぅしましたら、ヘビsanの方が視線をそらしてくれましたので、また1枚パチリです。
 以降もズッと睨めっこが続きましたけど、根負けしましたヘビsanはスルスルッと木陰の中に消えて行きました。
 遭遇しました時には、怖さのみで気持ちに余裕はありませんでしたけど、今、こぅして画像を眼にしますと、意外に可愛いぃ顔をしていますヘビsan。シマヘビでしたのかも…

 それからと言うもの、テンションはスッカリ下がりまして、足元・両サイドの木の枝ばかり気にしながらの歩行です。
 無毒とは分かっておりましても、それでもヘビには極端の怖さを感じますGONsanです。
 それに、遭遇時には、寒気も感じましたから、今から思い出しましてもゾッとしてしまいます(^-^)
 とにかく、ヘビの苦手なGONsanですから、以降は、登山用スティック(トレッキングポール)で、足元・左右を充分確認しながらの歩行となりましたGONsanなのであります(^-^)//"

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9/6(日)は「滝山渓谷グリーンシャワーロード」を散策でした(^.-)☆(9)

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 往路でもそぅでしたけど、復路でも眼が向きますこの東屋と言うか休憩所…雑草が生い茂り近付けませんけど、手入れが行き届いていますと、こんな感じなのでしょうねぇ~
 どなたかのホームページに7年ばかり前の画像がありましたけど、この程度でしたら近付けますかも(^.-)☆
 それでも、周辺には雑草が…近年は、訪れます方々もあまりおられませんから、整備も行き届いてはおりませんのかも(^-^)//"

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9/6(日)は「滝山渓谷グリーンシャワーロード」を散策でした(^.-)☆(8)

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 湖畔のベンチから暫し星田池に眼を向けておりましたけど、訪れる方はありません。まぁ、こんな時期に、わざわざ出掛けて来ますような場所でも無いのですけどネ(^-^)
 「星田池の土手の下には、美しい自然公園があり、管理施設から放水される水と周囲の緑が溶け込んで、まさにグリーンシャワーが降り注ぐかのような憩いのスペースになっています…」のですけど、ここもまた今一の整備状況。時季外れですから、ここにも訪れる方も無く整備されていませんのかも…整備されて射ませんから訪れる方もいないのかも…

 それでは、この辺でUターン。滝山渓谷グリーンシャワーロードを第二星田池へと引き返す事に致します(^-^)//"

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9/6(日)は「滝山渓谷グリーンシャワーロード」を散策でした(^.-)☆(7)

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 管理棟(美星畑地灌漑揚水機場)を通り過ぎますと、星田池の堤防(土手)を横目に散策続行です。
 この周辺は雑草が生い茂り、整備状況は今一ですけど、サクラの時期にはキレイに手入れ・整備されますのでしょうネ…噴水のような放流設備がシャワーのようにも感じられますから、『滝山渓谷グリーンシャワーロード』と名付けられましたのかも分かりませんねぇ(^.-)☆

 ◆星田池

 --- 2016/12/23 星田池 ---
 (https://blog.goo.ne.jp/match1128/e/dfd8562f236c12db216b1328ef68aa3c)

 星田池は岡山県井原市美星町星田の高橋川水系小田川左支流星田川上流部にある灌漑目的のアースフィルダムです。
 ダム便覧では星田池土地改良区の事業により1950年(昭和25年)に竣工となっていますが、現地竣工記念碑および改修記念碑を読み解くと少し事情が異なってきます。
 小田川下流の矢掛町の水田向け灌漑用水源として戦時中の1942年(昭和17年)に耕地整理組合の事業によって着工され、戦後1951年(昭和26年)に竣工しました。
 1975年(昭和45年)より美星町の丘陵地帯を畑作開発する県の畑地帯土地改良事業が着手され、星田池はこれら畑地向け水源に転用されるべく新たに揚水機場や大規模な農業用水路などが整備されました。
 この事業は1990年(平成2年)に竣工し、現在は受益者で組織される星田池土地改良区が受託管理を行っています。
 その代替として小田川流域向け灌漑用水源として星田川下流2キロ地点に1983年(昭和58年)に星田第2ダムが建設されました。
 池周辺は公園として整備され、噴水のような放流設備もそれに合わせたものだと思います。
 ただせっかくの公園も遊歩道は草で覆われやや荒れている印象を受けました。桜の木が多く花見のころは人出があるんでしょうか?

 …と、WEB上にはこんな記載がありました。

 星田池に到着しますと、滝山渓谷グリーンシャワーロード入口付近にも『星田川の甌穴群』の案内表示板が…

 ◆星田池の甌穴群

 星田池から下流400mの星田川の河床に、下流1.8kmにわたりその間の輝緑岩に大小40有余の甌穴がある。著名な二個は長径それぞれ約80cm及び70cm短径ともに約60cm深さ110cmある。多数の甌穴は生成の各段階を網羅し、学術上貴重な資料である。
 これらは約10万年以前からできかけたものであろう。

 --- 平成7年3月 美星町教育委員会 ---

 星田池の湖畔には駐車場・休憩所も…こんな時期ですから、訪れていますのはGONsanのみですけど、サクラの時期とか紅葉の時期には来訪者も多いかも分かりません(^-^)//"

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9/6(日)は「滝山渓谷グリーンシャワーロード」を散策でした(^.-)☆(6)

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 星田池の土手が視界に入ってきましたので、もぅ少しで星田池にと到着です(^.-)☆
 土手の下には管理棟(美星畑地灌漑揚水機場)の建物が…そして、この建物に渡ります橋の下に『唐川甌穴』の案内表示板が…

 「甌穴とは川の急流で渦巻きが起こり小石が回転して岩石を削り込むもので、数万年をかけて生成されたと思われます。著名な2個の甌穴は、長径が80cmと70cm、深さが110cmもあります。」との事ですけど、「唐川甌穴」は、その「著名な2個の甌穴」の一つなのかも分かりませんネ。
 流れは濁っていますので「唐川甌穴」の状況がよくは分かりませんけど、数万年をかけて生成されたのでしょうから、ただただ「凄い!!」としか言いようがありません(^-^)
 微力の水流ではありましても、長い年月を経ますと大きな力となりますのは想像は出来ますけど、「数万年」と言われますと、仲々想像すら出来ませんねぇ~
 とにかく「凄い!」です(^-^)//"

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9/6(日)は「滝山渓谷グリーンシャワーロード」を散策でした(^.-)☆(5)

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 星田川の流れ近くに下りてみたいのですけど、ヘビでも出そうですし、下りられそうな場所もありませんのがチト哀しい(^-^)
 散策道には大きな石の塊も転がっておりますけど、こんなのに上から直撃されますと、骨折のみでは済みませんかも(^-^;
 川の流れにカメラを向けながら進んでおりますと、『星田川の甌穴(おうけつ)群』の案内表示板が…

 ◆星田川の甌穴(おうけつ)群

 この辺りを中心に星田地下流18kmの間に大小40有余の甌穴(おうけつ)がある。甌穴とは川の急流で渦巻きが起こり小石が回転して岩石を削りこんだもので、数万年をかけて生成されたと思われる。著名な二個は長径約80cm及び70cm深さ110cmある。輝緑岩にできたものは希で、生成の各段階が現れているため学術上貴重な資料である。

 --- 平成17年3月 井原市教育委員会 ---

 …と、こんな記載がありました。
 この案内表示板辺りで甌穴(おうけつ)群を眼に出来ますのでしょうけど、雑草・樹木に遮られ不能。帰路でまたジックリ周辺を見廻してみます事に。
 そして、また前進続行しておりますと、休憩所が…ですが、ここも雑草に囲まれ利用不可。整備しておられましたら、周辺の景観を楽しめますのでしょうけどネ(^-^)//"

 WEB上で『星田川の甌穴群』を検索してみましたら、こんな記載もありました。

 ◆星田川の甌穴群

 星田池下流1.8kmの間に大小40あまりの甌穴があります。甌穴とは川の急流で渦巻が起こり、小石が回転して岩石を削りこんだもので、数万年をかけて生成されたと思われます。著名な2個は直径約80.0cm及び70.0cm、深さ110.0cmです。輝緑岩きりょくがんにできたものは珍しく、生成の各段階が現れているため学術上貴重な資料です。

 ・指定等種別:市指定・場所:井原市美星町黒木・時代:数万年をかけて生成
 ・指定年月日:平成17年3月16日・所有:井原市・見学:可

 ◆星田川の甌穴群

 小田川の支流、星田川の中流部、星田池と第二星田池の間に見られる甌穴群。この辺りは滝谷渓谷と呼ばれ、星田川は標高300m前後の山地を、屈曲しながら深く切り込んでいる。輝緑岩からなる河床を削り込み、唐川甌穴、鬼の臼、鬼の手洗いなど大小40余りの甌穴が点在している。大きなものは、径70~60cm、深さ1mを超える。星田池の影響で水量は多くはないが、清流でホタルの里として知られる。

 ◆滝山自然渓谷(たきやましぜんけいこく)

 滝山自然渓谷は、星田池から第二星田ダムまでの星田川沿いを指し、滝山自然公園として整備されています。
 車ではいることはできないのですが、公園への入口は北側と南側に2箇所設けられています。
 みどころは、星田川に数キロに渡り点在する大小40余りの甌穴群です。甌穴とは川の急流で渦巻きが起こり小石が回転して岩石を削り込むもので、数万年をかけて生成されたと思われます。
 著名な2個の甌穴は、長径が80cmと70cm、深さが110cmもあります。輝緑岩に出来たものは希で生成の各段階が現れていて、学術的にも貴重な資料となっています。

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9/6(日)は「滝山渓谷グリーンシャワーロード」を散策でした(^.-)☆(4)

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 雑草の生い茂りました悪路かも…と思っておりましたら、仲々よく整備されました散策道の「グリーンシャワーロード」であります。
 暫く進んで行きますと、『爺ヶ淵』の表示板が星田川の中に(^-^)
 どれが『爺ヶ淵』なのだろう?…と覗き込んで見てみますのですけど、う~ん、分かりません(^-^;
 水量も少ないですし、星田川の中までは雑草も除去されていませんから、残念ながら『爺ヶ淵』は分からずじまい。WEB上で確認してみましたら、これが『爺ヶ淵』でありました(^.-)☆

 ◆滝山渓谷(井原市)

 県道48号線の矢掛町宇内から第二星田ダムを通り過ぎ、そのまま進むと滝山自然公園の駐車場がある。ここから上流の星田池までの星田川沿いは、「滝山渓谷グリーンシャワーロード」として遊歩道が整備されている。県道166号線の星田池から下りてくることも出来ます。その間、輝緑岩に大小四十有余の甌穴があり、淵や小滝も見ることが出来る。本流には落差5m程で大きな淵を持つ「鬼の臼」や「爺ヶ淵」、「婆ヶ淵」等も見ることが出来る。また、星田川へ流れ込む支流に「神代(こうしろ)の滝」と名付けられた落差7m程の滝がありますが、普段は水量が少なく滝と言える姿じゃありません。

 それでは、また散策続行です(^-^)//"

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9/6(日)は「滝山渓谷グリーンシャワーロード」を散策でした(^.-)☆(3)

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 それでは、ダムの北端の「滝山渓谷グリーンシャワーロード」入口に向かってみます事に(^.-)☆
 北端方向に向かっていますと、ダムの西端辺りに休憩所が…ここには、今から散策します「滝山渓谷」の案内図が…
 駐車場には、2台の車が駐まっておりました。ダムで釣りを楽しんでおられますお二人の車なのでしょうネ(^-^)

 ダム北端の「滝山渓谷グリーンシャワーロード」入口に到着し、周辺を見廻してみますと、結構、雑草が生い茂っておりました。全く整備されていません訳でも無いようですけど、草刈り等の整備実施から1~2ヶ月は経ていますのかも…この調子でしたら、グリーンシャワーロードの散策もチョッと危ぶまれますねぇ~
 とりあえず駐車場に車を駐め、周辺の景観を数枚パチリ。
 ここまでヤッて来ましたのですから、散策しない訳にも行きませんから、それでは散策開始です(^-^)//"

 WEB上には、こんな『滝山渓谷グリーンシャワーロード』の紹介がありました(^.-)☆

 ◆美星町「滝山渓谷グリーンシャワーロード」

 美星町は、岡山県の西南部、吉備高原南端の台地に広がる、その名の通り星空の美しい町。1987年(昭和62年)に「星空の街」(現環境省)に選定され、また、1989年(平成元年)には全国初の「光害防止条例」を制定するなど、「星」をテーマにまちづくりが行われています。晴天率が高く、大気が安定していることから天体観測に適した地域として、日本最大規模の公開天文台「美星天文台」や、地球衝突小惑星・宇宙デブリ(宇宙ゴミ)の観測を行う「美星スペースガードセンター」などが建てられています。

 ・渓谷に沿って自然の宝庫の中を歩く「滝山渓谷グリーンシャワーロード」

 美星町の南に位置する「滝山渓谷グリーンシャワーロード」は、星田川中流にある星田池と第二星田ダムとの間の「滝山渓谷」に沿って整備された全長約 1.6kmのコース。この渓谷は、起伏の多い変化に富んだ流れと緑豊かな景観が形成されているだけでなく、十万年以上かけて急流が作りあげた40余りの甌穴(おうけつ)群(町指定天然記念物)が見られるなど貴重な自然があふれています。1950年(昭和25年)にかんがい用ダムとして星田池が造られ、1983年(昭和58年)に第二星田ダムが完成。その後、渓谷一帯の豊かな自然を活かそうと、平成4年度から3年間かけて県営水環境整備事業として整備されました。

 ・春は新緑、夏は渓谷の涼しさ、秋は紅葉、四季を通じてリフレッシュできる散策コース

 星田池の土手の下には、美しい自然公園があり、管理施設から放水される水と周囲の緑が溶け込んで、まさにグリーンシャワーが降り注ぐかのような憩いのスペースになっています。ここから渓流に沿った遊歩道を歩きます。地形によって様々に変化する水の表情や景観を楽しみながら進むと、甌穴があり、その自然の造形の不思議な形に興味を引かれます。中でも、巨大な岩に2つの大きな穴が開いた「鬼の臼」は、長径約80cmと70cm、短径はともに60cm、深さは110cmという大きさ。甌穴は輝緑凝灰岩という岩に出来たもので、ここでは形成の各段階を見ることができます。次々に現れるユニークな甌穴を見ながら歩いて行くと、広い景色が開け、「エントランス広場」へ出ます。

 ここから川幅が広くなり、第二星田ダム沿いの道路を歩くコースへ。途中、おにぎり橋を渡り、「にぎりめし山」の展望台へ行くと、ゆったりと水をたたえる第二星田ダムの雄大な眺望も楽しめます。
 第二星田ダムから星田池へ向かって同じ道を戻ると、渓流や甌穴に注目して歩いた往路と違い、今度は上流に向かって渓谷の切り立った岩壁や樹々の美しさなど風景全体を満喫することができます。
 そのほか美星町には天然ラドンの「鬼ヶ嶽温泉」や「星の郷青空市」などがあり、さまざまな楽しみが待っています。ぜひのんびり過ごしてリフレッシュしてはいかがでしょうか。

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  • ニャンコが実に気持ち良さそうに居眠りを(^.-)☆
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