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 心経堂からは、豊浄殿へと進行です。ここでは、「石山寺と紫式部展」が開催中でありました。
 中に入ろうかな…と思いましたら、有料でありました。入館料は300円でありましたけど、有料ですから入館は断念(^-^;

 で、次は「光堂」へと向かおうとしていますと、GONsan世代のご夫婦と擦れ違いです。その際に「豊浄殿・紫式部展は、どぅでした?」と尋ねられましたので、「有料でしたから入館しなかったのですよ…」と返しますと、「じゃぁ、私達も止めとこう…」ですから、「入館料は300円と安価でしたよ…」と、付け加えますと、「入門料と合わせると高くなるから、止めときます」でありました(^.-)☆

 「紫式部像 →」の表示に従って「光堂」へ。

 ◆石山寺豊浄殿
 石山寺多宝塔の北西、境内の最も高いところに新設された宝物館です。毎年春と秋の2回、石山寺に残されている宝物を紫式部などのテーマ別に一般公開します。

 ◆光堂(こうどう)
 石山寺の「光堂(こうどう)」は、この平成20年に落慶。東レ株式会社の寄進により、古来の伝統的建築技法のままに、懸崖造り(舞台造り)で建立された、新しくて格式の高いお堂です。

 光堂方向へは、5人のご家族連れが先行でしたから、この方達に付いて光堂へ。到着と同時に「紫式部像」を求めて周辺をキョロキョロ。そうしますと、また「紫式部像 →」の表示板。う~ん、ここからまた少し下った場所にありますようですねぇ~
 また、このご家族連れの後方を(^-^)ほどなく「紫式部像」に到着です(^.-)☆

 ◆紫式部像

 西国三十三所霊場のひとつで古くから観音信仰で名高い、滋賀県大津市にある石山寺は寛弘元年(1004年)、紫式部(むらさきしきぶ)が堂内に籠もり『源氏物語』須磨・明石の巻を綴った場所と伝えられます。境内の高台には源氏苑が整備され、紫式部の像も立てられています。『源氏物語』の執筆中に筆を止めて、これからの構想をかんがえてる場面でしょうか。
 境内には鎌倉時代の作で重要美術品に指定される紫式部供養塔がああるほか、本堂相の間には「源氏の間」があり、『源氏物語』を執筆した紫式部の姿が人形によって再現されています。
 石山寺の寺伝などでは、寛弘元年(1004年)、紫式部がここで7日間参籠し、琵琶湖の水面に映える月を見て、着想を得たとされています。
 室町時代に記された源氏物語の古注釈書『河海抄』には、八月十五夜の月が琵琶湖に映えて、それを眺めていた紫式部の脳裏にひとつの構想が浮かび、源氏物語は書き始められたとされていますが、史実なのか、後世の創作なのかは定かでありません。
 主人公・光源氏のモデル・源融(みなもとのとおる)は近江大津に閑居を設け、その跡地に融神社(とおるじんじゃ/大津市伊香立南庄町)として祀られています。
 そして「横川の僧都」(よかわのそうづ)は比叡山延暦寺の高僧、源信(恵心僧都)ではないかと推測されています(諸説あります)。

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