09-720

 暑い日差しの中、早足で金沢城公園内を一通り巡りましたけど(一通りと言いますより、一部と言った方が良いのかも)、さすが加賀百万石ですから大変立派な公園でありました\(^o^)/
 数々の石垣は、仲々見応えがありました。
 後で知りましたけど、お願いしましたら地元のボランティアガイドさんに無料で案内して貰えたとの事。ガイドさんの案内で金沢城公園内を廻りましたら、さぞ、有意義に知識吸収も出来ましたのでしょうけど…
 どなたかがWEB上で、地元のボランティアガイドさんの説明を綴っておられましたので、引用しますと、

 ◆金沢城と兼六園の見どころを地元ガイドと巡る!加賀百万石の魅力に迫ってきた

 --- 2019.02.14 更新 ---

 石川県金沢市の中心部に位置し、加賀百万石の歴史と文化を今に伝える「金沢城」と「兼六園」。ともに金沢を代表する観光スポットとして、多くの人に親しまれています。そんなふたつの文化遺産を知り尽くす地元のボランティアガイドさんと一緒に、見どころをたっぷりと巡ってきました。

 ・国の史跡「金沢城跡」と日本三大名園「兼六園」

 江戸時代に「加賀百万石」として名を馳せた加賀藩。その藩主・前田氏の居城であった「金沢城」は、隣接する「兼六園」とともに金沢を代表する観光スポットです。度重なる火災で建物の大半を焼失しましたが、平成に入ってから復元作業が進み、平成8(1996)年より「金沢城址公園」として一般公開されるように。平成20(2008)年には「金沢城跡」として国の史跡に指定されました。
 一方の「兼六園」は、前田家5代・綱紀(つなのり)が金沢城に付属して造らせた大名庭園。日本三名園のひとつとして、国の特別名勝に指定されています。
 そんなふたつのスポットを地元のボランティアガイドさんが無料で案内してくれると聞き、行ってきました。

 ▲ボランティアガイドの受付場所は、兼六園に最も近い金沢城の入口「石川門」を入ってすぐ。事前予約はできず、待機しているガイドに希望を伝えます。

 金沢城の高度な建築技術と日本最大級の大きさに注目!
 コースはお客さんの希望によって自由にアレンジできますが、一般的なのは、金沢城と兼六園それぞれを約50分間で巡るコース。今回もこのコースで案内していただきました。

 ▲今回案内してくれた「城と庭のボランティアガイドの会」会長の山崎輝雄さん。会は平成16(2004)年に設立し、2019年2月時点で約130名の会員がいるのだそう。

 「金沢城は明治時代の火災でほとんどを焼失し、全て木造で復元されたことから、明治以降に建てられた木造城郭建築物としては日本最大規模を誇ります」と山崎さん。
 ガイド受付がある「石川門」から入ると、すぐ目の前に「三の丸広場」という芝生広場が広がります。その奥に見えるのが、「五十間長屋(ごじっけんながや)」という大きな建物。長屋というと住居を想像しがちですが、武器や食料を保管する倉庫として利用されたもので、城を守る城壁としての役割も兼ねていたそうです。

 ▲五十間長屋。五十間(約90m)の長さがある建物で、平成13(2001)年に120年ぶりに復元されました。

 よく見ると、屋根瓦が白く見えます。これは一般的な土瓦とは異なり、鉛の板で葺いた「鉛瓦(なまりがわら)」と呼ばれるもの。従来の屋根の上に薄い鉛板を張り付けて造られているそうです。
 「雨や雪などによる化学反応で鉛が白くなったもので、白化現象とも呼ばれています」と山崎さん。この鉛瓦は雪が多い北陸で、重量低減と長寿命化の対策として考えられたものだそうです。五十間長屋だけでなく、金沢城の櫓(やぐら)や塀などの建造物にも使用されているのだとか。

 ▲近くで見ると屋根瓦の白さがよくわかります。

 さらに城郭の壁に施された、美しい海鼠(なまこ)壁も金沢城の特徴。正方形の黒瓦を互い違いに敷き詰め、その隙間を漆喰で盛り上げています。これは寒冷地ならではの耐久性に加えて美観も意識されたもの。歴代藩主の美的センスが窺えますね。

 ▲白い鉛瓦と海鼠壁のバランスが美しい!

 五十間長屋の北端(三の丸広場を背に右側)にあるのは、防衛の要となった物見櫓「菱櫓(ひしやぐら)」の復元。その名前は、建物を真上から見ると菱形(四隅の内角がそれぞれ80度と100度)になっていることに由来しているそう。
 「こうすることで、外側から見ると目の錯覚によって建物が大きく見えるのです」と山崎さん。

 ▲建設には非常に高度な技術を要したと考えられている菱櫓

 なお、ツアーの出発点となった「石川門」は、直角に設けられたふたつの城門と城壁で囲まれた枡のような形状が特徴である枡形門。度重なる大火に見舞われながらも江戸時代中期から現存している貴重な建造物であることから、国の重要文化財に指定されています。

 ▲城門の内側にL字形の城壁を設け、ふたつの門を通ることで防御性を高めた枡形状の石川門

 「枡形門は大阪城や丸亀城にも見られますが、江戸時代から現存しているのは石川門だけ。約230年前の姿そのままで残っているんですよ」と山崎さん。

 ツアーがスタートしてすぐの三の丸広場から見える建物だけでも、こんなにも特徴的な工夫が施されていたり歴史的な意義があったりして面白いですね!
 芸術的な石垣群にも注目!
 山崎さんによると、「金沢城の魅力は多種多様な石垣でもある」のだそう。別名「石垣の博物館」ともいわれており、積み方や素材の違う石垣を一堂に見ることができます。
 例えば石川門は、左右の壁面の石垣が異なる積み方になっています。一方は四角く切り出した石をきっちりと積んだ「切石積み」で、もう一方は割石の形をある程度だけ整えて積んだ「粗加工石積み」。「主要な石垣の積み方2通りが同時に見られる、大変珍しい場所ですよ」と山崎さん。石垣もこのように注目してみると面白いものです。

 ▲左右の石積みが明らかに違うのがわかります

 ▲五十間長屋の石垣は、地元の戸室(とむろ)山から削り出された赤と青の戸室石(安山岩)を交互に積み上げたもの。モザイクアートのようです。

 ▲「東の丸北面石垣」は、古い技巧である自然石積みによって造られた金沢城初期の貴重なもの

 なお、金沢城には天守閣がありません。前田氏の祖として知られる前田利家が入城した約20年後の慶長7(1602)年、落雷で天守閣を焼失。その約160年後の宝暦9(1759)年、江戸時代中期にも金沢大火で城のほとんどを焼失し、実用性を重んじて、本丸ではなく二の丸を中心とした整備が行われたためです。

 ということで、五十間長屋に沿って城郭をぐるりと一周し、公園の中心に位置する二の丸広場へと向かいます。石垣から庭園まで見どころたくさんの二の丸周辺。
 ここでも、やはり注目したいのは石垣です。表情の異なる多彩な石垣に出合え、その違いを見比べるだけでも楽しめます。
 「最も玄人好みする石垣」と山崎さんが紹介してくれたのが、江戸時代初期に改修された「二の丸北面石垣」。石川門の石垣でも見られた「粗加工石積み」という手法を取り入れており、この手法の中でも最も完成されたものだといわれています。

 ▲ある程度整えて積んだ「粗加工石積み」ながら、この「二の丸北面石垣」は石の大きさも形も全て統一されていて、まるでレンガ積みのよう。春は桜並木となり、それもまた見事なのだとか。

 続いてたどり着いたのが、かつて大奥だった場所にある「数寄屋敷(すきやしき)石垣」です。女性の住居なので威圧感がないよう、長方形の石が横積みになっています。
 なお、こちらの石垣は刻印(石に刻まれた記号)が彫られているのも特徴。一説によると、石材の採掘場や職人ごとに石垣を割り振り、積む際の目印にする目的があったと考えられています。概ね1600年代に積まれた石垣に刻印が使われているそう。

 …と、こんな記載で、予備知識も何にもありませんGONsanですから、何にも分からず観て廻っただけでしたのかも分かりませんねぇ~
 公園内の散策を終え、印象に残っていますモノの一つが、この画像の石段なんです(^.-)☆

 「この石段は、何で、高さや幅がバラバラなんだろう?…」と不思議に感じながら画像に納めておりましたけど、『三十間長屋へと通じる「本丸附段(ほんまるつけだん)」の階段は、敵が攻めてきても上がりにくいよう段の高さや幅がバラバラに組まれています』からなんですネ(^.-)☆
 いゃぁ、とにかく『加賀百万石』を充分に感じさせます「金沢城公園」でありました(^-^)//"

GONsan のホームページ ↓
日本全国通過旅 (http://gon.mbsrv.net/)