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 う~ん、やっぱり小林宏明社長sanのお話し、お上手でしたネ(^.-)☆
 WEB上で「小林宏明」sanを検索してみましたら、もぅ随分古い記載ですけど、こんな内容で綴っておられます方が…

 ◆『福山市・日東製網小林社長の、「父亡き後の恩人」』

 --- Freeman 雑記帳・広島 2011/10/16(日)午後0:23 ---

 2007年1月。日東製網(広島県福山市)の現小林社長の父、前社長小林嗣宣さんが突然亡くなりました。経営トップの空白期間を長引かせるわけにもいかず、翌日には子息で取締役社長室長だった小林宏明さんが、31歳で社長の座に就くことを決めます。その若き社長の最大の恩人の一人が主力銀行だった広島銀行の『池田晃治常務』。

 小林さんがすぐに挨拶に行くと、執行役員福山営業本部長だった池田さんは出張中で不在。出張から戻ると、広島県福山市の福山営業本部に毎日のように呼び出されました。『経営とは何か』『経営者の心構えとは』…。テーマは日によって異なりますが、2時間くらいみっちりとレクチャーしてもらいました。最後の方は時間が徐々に少なくなっていきましたが、池田さんが福山営業本部長を離れる日まで2年余指導をもらったことに。

 『熱血指導』は酒の飲み方にまで及びます。『次の日の仕事に差し支えないように、夜10時半になったら帰りなさい』と教えられました。池田さんが自ら実践しておられるので従わないわけにはいかなかったそうです。
 池田さんの勧めで本社がある福山市の工場のシャッターにマグロの絵を見る度に、今でも教えを思い出すそうです。いつか一人前の経営者と呼ばれる日まで、引き続き『後見人』として指導をお願いしたい、と。(参考:日本経済新聞「交友抄」)

 31歳の新社長の行く末に多少の心配と、社長として成功してもらいたい主力銀行の責任者の背中が見えます。
 私がかつて努めた会社で、広島銀行と私の努めた会社が関係する300億円弱の不良債権処理問題で、ここにある池田さんに一度お会いしたことがあります。確か本店営業部のご担当だった記憶が。胆力剛胆で、先の先まで読み、他行を含む銀行団を説得する条件作りに邁進された池田さんの勇姿を思い出します。素晴らしい人に出くわされたのですねえ、日東製網の小林社長は。

 …と、こんな記載でありましたけど、ふ~ん、仲々興味深い記載でありました。小林宏明社長sanの話法は、広島銀行の池田晃治常務のご指導でしたのかも…とも思ったりもしてしまいます(^-^)
 まぁそのような事はさて置きまして、陸上競技場へと戻りますため事務所開き間もない宇田県議の事務所前を通りますと、福山市議(大田祐介san・高田健司san)のお二人が(^.-)☆
 で、即座にパチリ。その際に眼が合ってしまいましたけど、「お前は何で無断で撮っているのだ…」とでも思われましたかも…
 とは言いましても、そんな事はお構いなしに画像に納めますGONsanなのであります(^-^)/

 陸上競技場にと戻って来まして組みあわせ表を確認しましたのが、A.M.11:58でありました\(^o^)/
 実にタイムリーな帰還となりました。今から「霞SC×水呑FC」の試合が始まりますようです。
 勿論、GONsanは地元・水呑FCの応援となりますけど、さて、どぅなりますか(^-^)//"

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