GONsanの“気まぐれ独り言”


GONsanがこよなく愛します芦田川には、こんなおばけフナが生息しております(^.-)☆

2020年01月

12/30(月)は「広島ドリミネーション」鑑賞で、広島行きでした(^.-)☆(3)

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12/30(月)は「広島ドリミネーション」鑑賞で、広島行きでした(^.-)☆(2)

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12/30(月)は「広島ドリミネーション」鑑賞で、広島行きでした(^.-)☆(1)

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 何度か転入・転出を繰り返し、通算で14~5年暮らしておりました広島市。にも関わらず、今回で32回目の開催を迎えます「ひろしまドリミネーション」なんですけど、今まで一度も出掛けた事がありませんGONsanなのであります(^-^)
 今回が32回目の開催と言う事は、GONsan家族が広島を転出しました直後から始まりました事になりますか…

 で、以降は、毎年「今年は出掛けてみよう…」と思うばかりで、今まで何故か叶いませんでしたネ。
 こんな経緯もありますから、今回は、年の瀬も迫りました12/30(月)に時間が取れましたので、出掛けてみます事に(^.-)☆
 嫁さんに声掛けましても、「独りで行ったら…」の返答が予測されますけど、一応、「広島のドリミネーションに行くけど、どうする?」と尋ねますと、「行ってもイィ」ですから、チョッとビックリ。
 年末に向かい忙しそうですから、本当に予期しません返答でありました。戸惑ってしまいますし、「う~ん、足手まといだなぁ~」との気持ちも少々(^-^;
 ですが、「タマにはイィか」と、P.M.3:00に我が家を出ます予定が、結局、我が家を出ましたのはP.M.5:30前でしたねぇ~

 帰省されます方々の車で山陽自動車道は混雑かも…そんな心配も不要で、車の流れは通常通りでありました(^.-)☆
 それでも、広島に到着しNHK広島放送局近くの駐車場に到着は、P.M.6:50。まぁこんなもんかも分かりません。
 早速、百米道路…いぇいぇ、今は百メートル道路とは言わないのですネ、平和大通りですネ。NHK前の平和大通り南側から東方(比治山方向)に向かってドリミネーション鑑賞がスタートです。
 
 この日の様子を、また画像でご案内する事に致します(^-^)//"

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12/23(月)は、沼隈町常石の「眺洋山」を散策でした(^.-)☆(6)

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 1kmの行程ですから難なく入口にと到着です。
 「眺洋山」にと上ります前に眼にしました案内板に、再度、眼が止まりましたGONsanです。
 何度確認しましても「天下の絶景 眺洋山」の文字には、思わず笑みが(^-^)
 樹木が生い茂ります前の随分昔には、眺洋山の頂きは、360度の大パノラマが楽しめましたのでしょうねぇ~周りに樹木が全くありませんでしたら、美しい、穏やかな瀬戸内が眺望出来たのだと思います。
 でも、今は…
 眺望可能にする為に、周りの樹木を凡て切り倒す訳にも行きませんし…
 例えそぅしましたら、異常気象が続きます近年ですから、土砂崩れも生じますでしょうし…結局、現状を維持されますのが良いのかも…
 何だかんだと思いながらも、それなりに山歩きを楽しめましたGONsanなのでありました(^-^)//"

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12/23(月)は、沼隈町常石の「眺洋山」を散策でした(^.-)☆(5)

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 瀬戸内の眺望も充分楽しみましたので、ソロソロ退散です。
 上って来ました道を、またノンビリと歩行です。往路では気付きませんでしたけど、途中にイノシシ捕獲用の罠が設置されてありました(^.-)☆

 このイノシシ用箱罠も購入しましたら5~6万しますのかも…
 こんな箱罠を眼にしますと、一昨年でしたか…お亡くなりになられましたGONsanの所属します町内会の前会長sanを思い出してしまいます。何かと町内のお世話をしておられまして、イノシシの捕獲にもご尽力して頂きました。中国新聞にもイノシシの捕獲で記事掲載が有りましたのですけど…
 そんな前会長が「箱罠も買えば高価なんだ。小さいのでも5~6万するかなぁ~」と話しておられましたのが、懐かしく蘇りますGONsanなのでありました。

 眺洋山への登山道をノンビリと下っておりますと、頭上から落葉が(^-^)
 これが日差しに映えて仲々キレイなのですけど、この落葉を撮ろうとカメラを向けますと、不思議と落葉が止まります(^-^)
 仕方なくカメラを納めますと、また落葉開始。そしてまたカメラを向けますと、またまた落葉が小休止(^-^;
 仲々タイミングが合いませんので、数回試み諦めてしまいましたネ(^-^)/"

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頂いた賀状を元に住所録を整備しておりまして、またこの賀状に眼が…

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 昨日でしたか…頂いた年賀状を元に住所録を整備しておりますと、また、この賀状に眼が止まってしまいましたネ(^.-)☆
 この方は、もぅ15~6年ばかり前に同じ職場に勤務しておりました元同僚なんです。
 異動で職場を異にして以降は、仲々お会いする機会に恵まれず、賀状のやり取りのみで現在にと至っております。

 今年届きました賀状には、「映画の題字を書きました…」との記載が(^_^)v
 そぅでしたネ、この方は書道を嗜んでおられまして、当時、チケットを貰いましたので、二度ばかり書道展で作品を鑑賞しました事が…ですが、どんな書でしたのか、もぅ記憶にありません(^-^;
 GONsan好みの書体でありませんでしたから…

 今でも書の道を究めておられますようですネ。
 それにしましても、映画の題字を依頼されますとは、この道では結構、著名な書道家になっておられますのかも…
 で、改めて、頂きました賀状の表(住所書き)と裏面をジックリと拝見です。GONsanは、この方を好きなのですけど、う~ん、やっぱり書体はGONsan好みではありません(^-^;
 暫く賀状を手に、「この文字は素晴らしいのだろうか…」とか「年賀ハガキには走り書きで、チャンと書かれたらもっと素晴らしい書体なのだろうか…」と、あぁでもない、こぅでもない…と、思案のGONsanなのであります(^-^)

 映画の題名は『おはぎ』で、本年2月に上映開始との事であります。
 早速、WEB上で「映画おはぎ」を検索してみましたら、予告編の掲載が…

 ◆最新作映画『おはぎ』の紹介!!

 2019年度完成の新作映画『おはぎ』は、広島などで2020年2月に公開します。監督は山中富雄、脚本はタレントの菜々瀬まいです。主演もその菜々瀬まい。他に出演は、田中翔貴!そして、大國いづみ、星子リンダ、はまの省蔵、野中喜雄、広島で多くの舞台などに出演している俳優の井原武文ら豪華出演者。
 『令和元年度スクリーンライブHiroshima』にて上映され、短編の「令和想い」や中編映画「蚊太郎と若葉」、招待作品「星のきれいな夜だから」などが同時上映され、イベントでは出演者らの音楽ライブなどの開催がされます♪♪

 ・映画「おはぎ」予告編
 ●https://youtu.be/8T7AdSYsaFs
 詳しくは一般上映会のコーナーをご覧下さい!

 映画『おはぎ』など2020年2月の上映会に、ご来場頂いた皆様には全員に、劇中に出てくる行森商店(https://yukimori-shouten.co.jp/) のおはぎ1人1つずつプレゼント。

 …と、こんな記載がありました(^.-)☆
 この映画を鑑賞します機会がGONsanに訪れますのか否か、分かりませんけど、機会がありましたら「題字」だけでも拝見してみたいものであります(^-^)//"

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12/23(月)は、沼隈町常石の「眺洋山」を散策でした(^.-)☆(4)

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 暫し、お堂の前から瀬戸内を眺望でした(^.-)☆
 それでは少し下って、上って来ます時に「後で行ってみよう」と思いました左折の道を進んでみたいと思います。
 三叉路から左折の道を進みますと、スグに広場に到達です。

 う~ん、ただの広場で何にもありません。周囲は樹木に囲まれて眺望は不能です。
 多分、今では車では登れませんけど、随分以前の車で走行可能時の駐車場でしたのでしょうねぇ~状況から推察しますに、眺洋山管理者の方が、山の手入れ時に使用されます作業用広場として活用しておられますのかも(^-^)
 では、また、先ほどの石仏のお堂まで戻ってみます。

 やはり、ここからの眺望がイィですねぇ~
 西方に眼を向けますと、尾道造船のクレーンと船舶が…そして、その上方には尾道大橋を目前の「しまなみ海道」が(^_^)v
 手前に視線を戻しますと、浦崎町沖の小島が…小島の上には神社らしきお社が…グーグルマップで確認してみますと、『沖の観音様』と言うようですネ(^.-)☆

 ◆浦崎沖の観音(Mont Saint Michel on Onomichi)

 ・乗り越えたい試練を叶えてくれる沖の観音さま
 尾道市の東部、浦崎町の沖に浮かぶ観音堂です。普段は海の中にありますが、干潮になると歩いて渡ることができます。近年、尾道のモンサンミッシェルと呼ばれるようになってきました。

 ★沖の観音・尾道のモンサンミッシェル(おきのかんのん・おのみちのもんさんみっしぇる) Mont Saint Michel on Onomichi

 ・町の由来にもなった観音堂
 その昔、浦崎町が複数の島だった頃、このお堂のある島が「浦の崎」にある島ということから「浦崎島」と呼ばれており、現在の町名の由来となりました。

 ・無断の潮干狩りは厳禁!
 干潮の時に姿を現す干潟にはアサリをはじめとする貝が生息しています。しかし地元の漁協さんが保守管理・養殖しているので、一般の方は無許可で潮干狩りや、海産物の採取をすることは固く禁じられています。
 大潮の時期、干潮の時間を狙って浦崎の沖の観音へたどり着くと、歩いて渡れる砂浜が出現します。足元を濡らすのがイヤな方は長靴持参でお詣りすることをオススメします。

 ・長靴があるととっても便利
 大潮の時期、干潮の時間を狙って浦崎の沖の観音へたどり着くと、歩いて渡れる砂浜が出現します。足元を濡らすのがイヤな方は長靴持参でお詣りすることをオススメします。
 小島の観音堂の小島には石の階段がありますが、海草類が生えているため滑りやすいので落ち着いてゆっくり昇りましょう。

 ・ゆっくり落ち着いて歩こう
 小島の観音堂の小島には石の階段がありますが、海草類が生えているため滑りやすいので落ち着いてゆっくり昇りましょう。

 ・沖の観音さまへのお詣りについて
 観音堂を拝観するときには心を落ち着けて祈りましょう。
 「こういう壁を乗り越えたいのでヨロシクお願いします」といきなり祈るのもよろしいですが・・・「私は△△に住む、□□と申します。ただいまこういう試練に立ち向かっています。乗り越えられるように▽▽しています。どうか、見守って下さい」。
 まずは自己紹介をして、乗り越えたい試練の内容と打破するための施策を公言してから祈りを捧げることにより、自分の目標も再認識することができるので、筆者は後者でお祈りするようにしています。

 ・干潮時には景色が変わります
 干潮時と満潮時ではまったく違う景色になります。沖の観音さまの背景になっているのは福山市の常石造船さんです。

 ・観音堂から浦崎海岸
 沖の観音道のある小島の頂上から、浦崎の海岸を見た景色です。
 普段と全く違った景色に見とれるのもよいですが、引き潮が終わったら、今度は潮が満ちてきます。ホドホドにして、陸地に引き上げて下さいね。

 ・引き潮でも渡れない日
 潮の満ち引きは、月の影響を受けます。干満の差が大きい日は「大潮」、逆に干満の差が少ない日を「小潮」と呼びます。大潮の引き潮時には陸地と沖の観音さまが陸続きになりますが、小潮の日は干潮でも海水に覆われます。

 …と、こんな『浦崎沖の観音』様でありますようです。
 山の上にテレビ塔が存在しますのは、向島の高見山ですねぇ~
 とにかく、実に穏やかな瀬戸の海…そして、大晦日も目前と言いますのに、春のようなのどかな景観であります(^-^)//"

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んっ、正月早々に友人特派員から画像の送信が\(^o^)/(2)

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 うん、うん、また友人から画像が届きましたネ(^_^)v
 わざわざ国道2号線を利用されましての帰路は、岩国城・錦帯橋に立ち寄られます為でしたのですねぇ(^.-)☆

 ◆岩国城

 --- 出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』---

 岩国城(いわくにじょう)は、山口県岩国市横山に存在した日本の城(山城)。

 ・概要

 江戸時代初期は岩国領の居城となり、山城である横山城は本丸を中心として南西に二ノ丸、北東に北ノ丸、ほかに水の手などの曲輪が配置され、麓には、「御土居」が築かれた。本丸には4重6階の天守などを上げていたが、廃城後は天守は破却されて土居が陣屋として存続した。城下と城を隔てる錦川には錦帯橋が架けられ、特徴的な景観を作り出している。城下町はこの錦帯橋の道筋を基準に整然と整備された。
 現在、御土居跡は、吉香公園(きっこうこうえん)として整備され、横山山頂には再建天守がある。

 ・歴史--沿革

 -- 江戸時代 --

 慶長5年(1600年)関ヶ原の戦いに敗れた毛利輝元は領地を大幅に削減され、広島城から萩城に移封となった。同時に一族であり毛利家存続に注力(結果的に毛利家は領土を大幅に削減された)した吉川広家も同時に米子城から当地に3万石で封じられた。
 慶長5年10月には家臣団が、慶長6年(1601年)には広家がこの地に赴任した。広家赴任と同時に岩国城の築城が開始された。麓に平時の居館となる「土居」と、戦時の城「横山城」が横山山上に築かれた。築城には8年の歳月が費やされ、まず翌慶長7年(1602年)に土居が完成した。土居完成とほぼ同時期に横山城の築城が開始され、慶長13年(1608年)に竣工した。本丸には4重6階の唐造りの天守が建造された。

 しかし、完成からわずか7年後の元和元年(1615年)に幕府の一国一城令により横山城が破却され廃城となった。これは、周防国にはこの岩国城のみが存在していたが、長府藩の毛利秀元が居城の櫛崎城を破却したことに合わせざるを得なかったことによる。その後、麓の土居は岩国領の陣屋として、また慶応4年の立藩後はその陣屋として、明治維新まで存続した。

 岩国領は本藩である長州藩より長期にわたって独立した支藩として認められず、陪臣として扱われた。これは、関ヶ原の合戦時に吉川家のとった行動が、毛利家中で評価されなかったことと深く関わりがあるとする説があるが、実際には長府藩や徳山藩が長州藩主の子孫による分家として宗家継承権を有していたが、吉川家にはそれがなかったなどの事情があったとされている。当藩は明治維新の年、慶応4年(1868年)にようやく独立の藩として認められ諸侯に列したが、明治4年(1871年)には廃藩置県によって廃藩とされたため、正式に独立した藩の藩庁として機能した時期はわずかだった。

 -- 近現代 --

 1885年(明治18年)居館「土居」跡が吉香公園となり、堀端に絵馬堂である錦雲閣(きんうんかく)が旧藩時代の櫓を模して建造され、現存している。また、藩政時代の建造物として寛政年間(1789年-1800年)に建てられた昌明館(7代当主経倫の隠居所)の長屋が現存している。

 1962年(昭和37年)3月21日、本丸南側に「天守構造図」という絵図を元に鉄筋コンクリート構造によって復興天守が建てられた。設計は、藤岡通夫(東京工業大学教授)による。本来の天守台は約30m離れた本丸北側にあったが、麓からの見栄えを重視して建設された。現在見られる、本来の天守台は平成7年(1995年)に発掘復元されたものである。山上には、他に石垣や堀の遺構がある。
 2006年(平成18年)4月6日、日本100名城(74番)に選定された。
 2012年(平成24年)現在、山上と吉香公園のある山麓はロープウェイ(岩国城ロープウェー)で結ばれており、2013年4月から岩国市の指定により錦川鉄道が運営管理している。

 ◆大釣井井戸

 この大きな井戸は築城と同時につくられたもので、非常時の武器弾薬などを保管したり、敵に包囲されたり、落城の危機にさらされた場合の脱出口だとされています。

 ◆錦帯橋

 --- 出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』---

 錦帯橋(きんたいきょう)は、山口県岩国市の錦川に架橋された木造のアーチ橋である。

 ・概要

 日本三名橋や日本三大奇橋に数えられており、名勝に指定されている。藩政史料には「大橋」と表記されることが多く、また「凌雲橋(りょううんばし)」、「五竜橋(ごりゅうばし)」、「帯雲橋(たいうんばし)」、「算盤橋(そろばんばし))などとも呼ばれていた。「錦帯橋」という美名は完成後に定着した説が有力とされている。文書による初出は宇都宮遯庵の記述した文書内である。

 5連のアーチからなるこの橋は、全長193.3メートル、幅員5.0メートルで、主要構造部は継手や仕口といった組木の技術によって釘は1本も使わずに造られている。石積の橋脚に5連の太鼓橋がアーチ状に組まれた構造で、世界的に見ても珍しい木造アーチ橋として知られる。また美しいアーチ形状は、木だけでなく、鉄(鋼)の有効活用がなされて初めて実現したものである。杭州の西湖にある堤に架かる連なった橋からヒントを得て1673年に創建された。西湖の錦帯橋とは2004年に姉妹橋となっている。現在そのほとりには錦帯橋友好の石碑が建立されている。
 1950年(昭和25年)の台風で全て流失したため、現在の橋は1953年(昭和28年)に建造当時のまま復元されたものである。

 桜の名所として、吉香公園と共に日本さくら名所100選に選定されている。

 ・歴史

 --- 創建時 ---

 錦帯橋は1673年(延宝元年)に、岩国藩主吉川広嘉によって建造されたものである。
 初代岩国領主吉川広家が岩国城を築城して以来、岩国城と錦川を挟んだ対岸にある城下町をつなぐ橋は数回架けられているが、錦川の洪水によりたびたび流失していた。
 3代領主の広嘉は、洪水に耐えられる橋を造ることに着手する。橋脚を無くすことで流失を避けられるとのアイディアのもと、大工の児玉九郎右衛門を甲州に派遣し、橋脚がない跳ね橋(刎橋)である猿橋の調査を命じた。しかし、川幅30メートルの所に架けられている猿橋に対し、錦川の川幅は200メートルもあるため、同様の刎橋(はねばし)とするのは困難であった。

 広嘉は、ある日かき餅を焼いていたところ、弓なりに反ったかき餅を見て橋の形のヒントを得たという。また、明の帰化僧である独立性易から、杭州の西湖には島づたいに架けられた6連のアーチ橋があることを知り、これをもとに、連続したアーチ橋という基本構想に至ったともいわれている。アーチ間の橋台を石垣で強固にすることで、洪水に耐えられるというのである。

 延宝元年(1673年)6月8日に基礎の鍬入れが始められ、児玉九郎右衛門の設計により、石で積み上げられた橋脚を川の堤防に2個、中間に4個の計6個築き、その上から片持ちの梁をせり出した木造の5連橋を架けた。広嘉は近くに住居を構えて自ら架橋工事の監督を行い、扇子を開いてアーチ橋の湾曲の形を決定したという。同年10月、錦帯橋は完成し、地元で家内睦まじいことで評判の農家清兵衛の一家12人による渡り初めが行われた。しかし、翌年の延宝2年(1674年)、洪水によって石の橋脚が壊れ、木橋も落ちてしまったので、同年、家来に石垣の研究をさせて橋台の敷石を強化し再建した。この改良が功を奏し、その後は昭和期まで250年以上流失することなく定期的に架け替え工事が行われ、その姿を保った。

 なお、橋は藩が管理し、藩内では掛け替え・補修の費用のために武士・農民など身分階級を問わず「橋出米」という税が徴収されていた。ただし当時、橋を渡れるのは武士や一部の商人だけで、一般の人が渡れるようになるのは明治に入ってからであった。

 --- 近代以降 ---

 明治時代になり橋を管理していた岩国藩が消滅すると、1895年に地元有志による「錦帯橋保存会」が設立され、掛け替え資金の募集を行うようになる。
 1922年3月、史蹟名勝天然紀念物保存法により名勝の指定を受ける。
 1950年(昭和25年)9月14日、折からのキジア台風により第四橋の橋脚から崩壊し、錦帯橋はほぼ完全に流失してしまう。276年間流されなかった錦帯橋が流失した原因としては、それまでの戦時体制下で橋の補修がおろそかになっていたことや、前年に米軍が岩国基地滑走路を拡張した際に錦帯橋付近から大量のバラス(砂利)を採取したことで河床の落差が急に大きくなっていたことなどが指摘されてもいる。

 翌1951年から復旧工事が始まり、1953年(昭和28年)に再建が完了。
 1998年(平成10年)5月6日、この橋を軽トラックで渡った3人の男が逮捕された。橋についた傷を修復するのに約220万円の費用がかかった。
 2001年(平成13年)より2004年(平成16年)に26億円をかけて、約50年ぶりに橋体部分の架け替え工事が行われた。工事は各年の晩秋から早春の、錦川の水量が減る時期に施工された。
 2005年(平成17年)9月6日から翌7日にかけて九州北部・山陰沖を通過した台風14号により、第一橋の橋脚2基が流失した。後に約4,000万円かけて復旧工事が行われ今に至る。

 ◆岩国のシロヘビ

 --- 出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』---

 岩国のシロヘビ(いわくにのシロヘビ)は、山口県岩国市に生息する白蛇である。この白蛇は遺伝によって白化が子孫の代にも受け継がれている。日本国指定の天然記念物(1972年指定)。

 ・白色の理由

 アオダイショウが白化したもの(アルビノ)である。アルビノは、突然変異によってメラニン色素を合成できなくなった生物であり、劣性遺伝のため通常個体との間にできた次世代(ヘテロ個体)では通常体色である。また、体色が白くて目立つため天敵に捕食されやすい。一般には自然下ではアルビノの出現は稀であり、ハツカネズミやシロウサギのように、飼育下で系統をコントロールすることにより維持される。
 岩国のシロヘビの場合、人間の飼育下ではないにもかかわらず、高い頻度でアルビノが出現していた。これは、地域の人々が昔からシロヘビを神の使いとして特別で大切なものと扱ってきたのが理由であろうといわれている。

 …と、こんな岩国城・錦帯橋・シロヘビでありますようですネ(^-^)//"

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本日・1/5(日)は、地元議員先生の「新年互礼会」に出席でした(^.-)☆(3)

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本日・1/5(日)は、地元議員先生の「新年互礼会」に出席でした(^.-)☆(2)

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 熊谷市議(副議長)の挨拶が終わりますと、最後に、宇田伸県議(自民党広島県連幹事長)のご挨拶です。
 県政のご報告ばかりでなく、秋篠宮様のご来広時の議長時代、県知事と共に24時間密着でのご対応、そして、昨年のフランシスコ教皇のご来広に至るまでの過程で、欧州歴訪の機会を利用し時間を割き、ローマに向かい、直接、教皇に来広の要請をされたこと等のお話しは、仲々興味深いお話しでありましたネ(^-^)
 ふ~ん、県議会議長時代には、県知事sanと共にグローバルな活動をなさっておられましたのですネ…

 宇田県議sanのご挨拶が終わりますと、参加者の皆様、お茶で乾杯(^.-)☆
 そして、恒例の余興では「ちんどん」が登場(^-^)
 これも8年振りに楽しませて頂きましたけど、坂口san、相変わらず楽しい方ですネ(^-^)//"

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本日・1/5(日)は、地元議員先生の「新年互礼会」に出席でした(^.-)☆(1)

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 本日・1/5(日)は、地元議員先生の「新年互礼会」に出席となりました。
 GONsanが出席しますのは、8年振りとなりますでしょうか…いつも、地元議員先生の新年互礼会は、GONsanの職場の新年互礼会と重なってしまいまして、参加出来ませんでしたけど、今回は久し振りに参加となりました。

 開催場所も、今までは井上記念館でしたけど、現在は水呑交流館での開催です。
 定刻5分前に水呑交流館に出掛けますと、皆さん既にお集まりでありました。
 ザッと見廻しますと、8年前よりも参加者は少ないような…気のせいかも分かりません。
 開催場所も異なりますし、この会議室自体が井上記念館よりも随分広いからかも分かりません。ですから、8年前より多いのか少ないのか、正確には分かりません。

 定刻に互礼会は始まりまして、まずは「宇田伸・水呑後援会」「熊谷寿人・後援会」両後援会会長・田守sanのご挨拶。
 続いて、小林史明代議士のご挨拶。小林代議士は昨年、自由民主党青年局長の要職に就任しておられまして、将来、福山市より2人目の総理が生まれますかどうか、関心は一層高まりましたようですネ(^.-)☆
 小林代議士のご挨拶が終わりますと、枝広福山市長と続きます。
 そぅでしたか…今年は4月の市議選に続いて、9月には市長選もありますネ(^-^)

 そして、本年4月に福山市議選を迎えます熊谷寿人市議(市議会副議長)のご挨拶です。
 4年毎の選挙は、議員先生にとられましては何かと大変なのでしょうけど、誠実なお人柄で4月の市議選も乗り切って頂きたいものであります。勿論、微力ですけど、地元民の一員としてGONsanもご支援致しますよ(^.-)☆

 それでは、本日の「新年互礼会」の様子を、あまり説明を加えることもなく、画像でご案内致します(^-^)//"

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昨夜の火災…水呑向丘での発生でしたようですネ…

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 昨日・1/4(土)のP.M.8:50頃でしたか…風呂上がりで、我が家裏の畑の一角でノンビリと一服しておりますと、消防車のサイレン音が次第に近付いて来ます。
 こんなサイレン音は毎晩耳にしておりまして、ふ~ん、また火災か事故が発生なのか…程度に思っておりました。
 サイレン音は、バス通りを田尻・鞆方向へ急行です。ですから、現場は田尻町・鞆町なのだと想像しておりました。

 そしてまたサイレン音が近付いて来ます。これも同様に、バス通りを鞆方面へ急行。
 そしてまた1台が我が家近くを通過です。
 2台…3台…4台…と、結局、12台ばかりのサイレン音の車輌が通過しましたでしょうか…
 念のため、我が家のベランダから南方(鞆方向)に眼を向けましたが、何にも火災・事故らしい気配はありませんから、やはり鞆方向に向かわれたのだろう…程度の認識のGONsanでありました。
 今朝の朝刊を確認しましたけど、田尻・鞆方面の火災発生の記事掲載はありませんでしたネ。
 ですが、結構な数のサイレン音の車輌でしたから、大きな火災だったのかも…

 本日のA.M.10:00過ぎでしたか…WEB上で、再度、福山市内の火災を捜してみますと、なんと、昨夜の火災は水呑向丘での火災発生でしたとは、もぅビックリでありました(^-^;
 WEB上から昨夜の火災記事を拾ってみますと、

 ◆福山で住宅が全焼 1人死亡

 --- NHK 広島 NEWS WEB 2020/01/05(日)  07時23分 ---

 4日夜、福山市で住宅が全焼する火事があり、焼け跡から1人が遺体で見つかりました。
 この家に住む72歳の男性と連絡が取れなくなっているということで警察は身元の確認を急ぐとともに火事の原因を調べています。

 4日午後8時半すぎ、福山市水呑町の前田昌宏さん(72)の住宅で「2階から火が出ている」と近くに住む人から消防に通報がありました。
 消防車6台が出て火はおよそ1時間半後に消し止められましたが、木造2階建ての住宅1棟が全焼し、焼け跡から1人が遺体で見つかりました。
 警察によりますと、前田さんは、70歳の妻と2人で暮らしていて、火事のあと前田さんと連絡がとれなくなっているということです。警察は亡くなったのは前田さんとみて、身元の確認を急ぐとともに火事の原因を調べています。

 ◆福山で民家全焼 1遺体見つかる

 --- 2020/1/5 中国新聞デジタル ---

 4日午後8時40分ごろ、福山市水呑町、無職前田昌宏さん(72)方から出火、木造2階建てを全焼した。焼け跡から1人の遺体が見つかり、福山西署は、連絡が取れていない前田さんではないかとみて調べている。同署によると、前田さんは妻(70)と2人暮らしで、妻は軽傷を負った。
 近所の40代会社員男性は「家の外からバチバチと音がするので出てみると、オレンジ色の炎が燃え上がっていた。火の粉が雨のように降り、燃え移らないか心配だった」と話していた。現場はJR福山駅の南東約5.4キロにある住宅地。

 …と、こんな記載がありましたけど、まさか水呑の火災とは全く分かりませんでしたネ…
 GONsanと同年代の方がお亡くなりとは…
 何もかも失ってしまいます火災の怖さは、充分分かっているのですけど、GONsanくらいの年齢の方でも、突然の火災発生では逃げ遅れてしまうのだ…と、改めて怖さも生じます。
 お亡くなりになられました方には、心からご冥福をお祈り致したいと思います。

 本日午前中も、「空気が乾燥していますから、火の元には充分ご留意下さい…」と消防関係の広報車が廻っておられました。
 我が家も、火の取り扱いには充分留意しませんとイケませんネ…

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GONsanの歳となりますと、喪中のご案内もそれなりに沢山届きます(^-^;

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 正月三が日も過ぎ去りますと、そろそろ頂いた賀状を元に住所録を整理しなくては…
 その際に、改めて眼が止まりますのが喪中のご案内なんです。GONsanの歳となりますと、毎年、喪中のご案内もそれなりに沢山届きます(^-^;
 昨年は多かったように記憶しておりますけど、今年はそれほどまでには…でも、20枚ばかり届きましたでしょうか…

 年賀状の購入は、毎年、必要枚数ギリギリで購入しますので、何年か前までは元旦に届きました賀状に眼を通しておりますと、慌てる事もありました。差し上げておりません方から届きますと、急いで年賀ハガキを求めます事も多々有りました。
 が、今では、届きました喪中のご案内の枚数分が使用しないまま残ります事に…

 それに近年は、頂きました賀状に「古希を迎えましたので、賀状をお届けしますのは今回限りで…」の文言が多くなりましたねぇ~
 で、改めて古希を調べてみましたら、WEB上にはこんな記載が…

 ◆古希は何歳?意味や由来とは?

 ・古希のお祝い
 長寿のお祝いは満60歳の還暦から。ただ、最近は平均寿命も延びているので、70歳の古希(古稀)からはじめるのが一般的になってきました。

 ・何歳で祝う?古希の意味と由来とは
 「古希(古稀)」の読み方は「こき」。70歳のお祝いです。中国・唐の詩人である杜甫の詩の一節「人生七十古来稀なり」という言葉に由来しています。実はこれには「酒債は尋常行く処に有り」という前文があります。「酒代のつけは私が行くいたるところにあるが、70年生きる人は古くから稀である」という意味。つまり、いまのうちにたくさん飲んで楽しんでおこうという歌です。

 ・古希のお祝いの仕方と時期
 長寿のお祝いは満60歳(数え年61歳)の還暦からはじまりますが、最近の60歳はみなさん若く長寿のお祝いが本格化するのは、古希あたりからです。
 還暦の満60歳以降は、数え年で祝うのがならわしです。古希は満69歳(数え70歳)にお祝いします。ただ、翌年に満年齢でお祝いしても問題はありません。
 お祝いの仕方としては家族や親族、ときには友人も集まります。レストランで食事をしたり、温泉などへ旅行に行ったりすることも多いようです。祝う時期は正月、誕生日、敬老の日などが一般的ですが、みんなが集まりやすいタイミングでよいでしょう。

 ・古希の色は何色
 長寿祝いにはそれぞれテーマカラーがあり、その色にちなんだものをお祝いの品として贈ることもあります。70代のテーマカラーは紫。紫に近い藍色もお祝いの色として使われます。70代のお祝いには古希のほかに、77歳の喜寿(きじゅ)もあります。

 ・古希におすすめのお祝いプレゼント4選
 これまでの感謝やこれからの健康を願う気持ちを込めて贈りたい古希のプレゼント。紫色の座布団が贈られることもありますが、身に付けるものや日常使いしやすいもの、気持ちのこもったものが人気です。

 …との事であります。つぅ事は、GONsanなんぞは、とっくに古希は過ぎ去って(^-^;
 う~ん、年賀状への対処ですか…
 GONsanに届きます賀状には、70代、80代の方々は結構おられますし、この方々を差し置いてGONsanが古希を理由に賀状とお別れします事は、とても出来ません(^-^)
 両腕が動かなくなるまでは、止めるわけには行きませんのかも(^.-)☆
 それに、まだ止めようとの想いも生じませんから(^-^)

 まぁとにかく、毎年、お正月に賀状を拝見しておりますと、色んな想いが生じますねぇ~そんな歳に至りましたのですねぇ(^-^)//"

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んっ、正月早々に友人特派員から画像の送信が\(^o^)/

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 元旦に友人から、こんな賀状が届いておりました(^.-)☆
 うん、うん、久しくサボッておられます特派員業務を、本年は真面目に再開して頂けますようですねぇ(^_^)v
 とは言いましても、正月三が日が過ぎ去りましても何にも届かない(^-^;
 きっと、お正月にはご家族でどちらかにお出かけとは思うのですけど…催促しますのも気が引けるし…はてさて、どぅしたもんでしょう…と思案しておりましたら、やぁやぁ届きましたねぇ(^.-)☆

 早速、拝見しますと、ふ~ん、防府天満宮に出掛けられましたか(^-^)それと、「いろり山賊」の画像も…
 あぁそぅでしたネ、友人の娘さんは、今春は大学進学でありました。と言う事は、合格祈願での防府天満宮参拝となりますネ。

 ◆防府天満宮とは?

 防府天満宮は山口県防府市にあります。学問の神として菅原道真公を祀っており、日本で最初に創建された天神様と言われています。また、京都の北野天満宮、福岡の太宰府天満宮と並んで日本三大天神とも言われています。
 防府天満宮に行くと、どのようなご利益を得ることが出来るのでしょうか。今回は、歴史や行事及びご利益について学び、防府天満宮についての一緒に理解を深めていきましょう。

 ・防府天満宮の成り立ち

 防府天満宮は日本で最初に創建された言われており、菅原道真公をが亡くなった翌年に創建されました。かつては、「松崎天満宮」「宮市天満宮」或いは「天満宮」と称されていました。しかし、1873年に県社に列格し「松崎神社」と改称しました。
 戦後の1953年には「防府天満宮」と再び改称されました。菅原道真公をお祀りした神社は、全国に約1万2千社あります。道真公と梅と牛にまつわる伝承が数多くあります。
 そのことから、全国の天満宮の境内には梅が咲き誇っています。また、牛は天神様のお使いとされており、臥牛が天神様の鎮まる場所を表すシンボルとなっているのです。

 学問の神様で有名な防府天満宮ですが、なぜ学問の神様と言われているかご存じでしょうか。防府天満宮が学問の神様であると言われる理由は、祀られている菅原道真に関係があるのです。
 菅原道真は、代々学者の家系に生まれました。道真は、幼少時から漢字を学び詩歌で才能を発揮し、神童と呼ばれていました。更に、勉学に励んだ道真は、18歳で文章生の試験に合格し、その中でも優秀な2人が選出される文章業生に選ばれたのです。
 その後、学者として最高位の文章博士に就きました。道真が学問に優れていた為、そのご利益をあやかろうと、毎年多くの受験生が合格祈願に訪れるのです。

 ・日本三大天神のひとつ!

 ~天神、~天満宮と呼ばれる神社は、学問の神様である菅原道真を祀っている神社です。全国に約12000社あると言われています。その中で、日本三大天神と呼ばれる神社をご存じでしょうか。
 1つ目は、福岡県太宰府市にある「太宰府天満宮」です。初詣には、全国の受験生を約200万人が訪れる神社となっております。2つ目は、京都府京区にある「北野天満宮」です。太宰府天満宮と同様に北野天満宮も、特に受験生に人気があります。
 また、北野天満宮には約1,500本の梅が植えられており、こちらも人気です。そして3つ目は、今回ご紹介している「防府天満宮」となります。

 ・天神さまってなに?

 天神様とは、誰のことを指している言葉かご存じですか。天神様とは、天満宮の祭神である菅原道真を敬い親しんで使われる言葉になります。
 道真の才能を恐れた菅原時平によって九州へ左遷された後に、道真は無念の死を遂げます。道真の死後、都では災害などの天変地異が起きました。これらの出来事は、道真の祟りとして人々に恐れられました。
 道真の怒りを鎮める為に、道真を「天神様」としてお祀りしたことが始まりと言われています。そして、道真公を「天神様」として信仰する「天神信仰」が全国に広まりました。時の経過と共に災害の記憶は風化し、現在では学問の神様として知られています。

 ・防府天満宮の御祈願祭

 防府天満宮のご祈願祭では、合格祈願・七五三・厄除など様々な種類の御祈願をすることが出来ます。また、神職がお伺いする出張祭典というものがあり、地鎮祭や上棟祭の御祈願もお願いすることが出来るのです。
 予約は必要なく、午前8時半から午後4時までの受付時間内に伺えば御祈願してもらえます。但し、団体祈願は予約が必要となります。ここでは、防府天満宮へ足を運んだ際に、ご祈願して頂けるご祈願の種類についてご紹介します。

 ・防府天満宮で合格祈願をしよう

 全国各地から多くの受験生が合格祈願の為、防府天満宮へ訪れます。防府天満宮は、学問の神様である藤原道真公をお祀りしています。志望校の合格祈願・資格や就職試験合格の祈願祭を受け付けています。
 御祈願の流れは、御祈願受付所にて受付を済ませます。受付完了後は、控え室にて巫女さんの案内があるまで待ちます。御祈願祭が終わったら、神職からお守り・お札を受け取り次第終了となります。
 御祈願終了後は、合格した先輩方が書いた合格御礼絵馬を見て気持ちを高め、ラストスパートへの力をチャージしてみませんか。絶対合格するという気持ちが強くなることでしょう。

 …と、こんな記載がWEB上に(^.-)☆
 友人ご家族の皆様、シッカリ合格祈願をされましたのでしょうねぇ(^_^)v
 そぅそぅ、防府天満宮の「梅ヶ枝餅(うめがえもち)」は大変美味しいのですけど、これも皆さんでシッカリ美味しく戴かれましたでしょうか(^-^)
 もぅ20数年も昔の事となりましたけど、GONsan一家が徳山市に暮らしていました時には、梅ヶ枝餅を求めて、わざわざ防府天満宮にお詣りしておりましたネ(^.-)☆

 それはさて置きまして、「いろり山賊」の画像は、これは「玖珂店」なのでしょうネ(^-^)
 と言う事は、帰路に立ち寄り皆さんでお食事ですねぇ(^-^)
 つぅ事は、わざわざ国道2号線を走行しておられると言う事は、何処かにお立ち寄りですねぇ~もっと画像が期待出来ますかも(^_^)v
 楽しみに待っています事に致します(^-^)//"

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12/23(月)は、沼隈町常石の「眺洋山」を散策でした(^.-)☆(3)

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 眺洋山頂上は、ご覧の通り周りを樹木に囲まれて、どなたかがWEB上に綴っておられました『登山口の標識にある「天下の絶景」と呼ぶほどの山ではなかった』にも納得です(^-^)
 もぅ随分昔には、周囲には樹木も切り取られて360度のパノラマが楽しめましたのかも分かりません。が、今では樹木も生長し生い茂ってとてもとても…
 この「眺洋山」に限りませんで、近年はどちらに出掛けましても、こぅした山々の管理には充分な手が廻りませんのでしょうねぇ~

 では、下山です。下山は左の側道で下りてみます事に(^-^)
 わずかな距離ですから、上り同様に来た道を進めば良いのでしょうけど、側道の方がなだらかで少し楽(^_^)v
 まぁ大して相違はありませんが(^-^)

 石仏のお堂まで下りて来ますと眺望が開けて眼下には常石のドックが(^.-)☆
 瀬戸内の穏やかな景観を楽しみますのには、ここが最適のようであります。のどかな景観が広がります。
 大晦日も目前と言いますのに、本当に温かい天候です。予測通りの暖冬ですけど、地球温暖化が駆け足で進行ですから、10年…20年後に眼を向けますと温かい日差しの下にも拘わらず、身震いも生じてしまいますねぇ(^-^)//"

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12/23(月)は、沼隈町常石の「眺洋山」を散策でした(^.-)☆(2)

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 入口から1kmの行程ですから、ノンビリと歩きましても程なく山頂にと到達です。
 山頂間近で三叉路で、右折側が「眺洋山」の山頂のようですけど、左折側は何処に行けますのでしょうねぇ~後から行ってみたいと思います(^.-)☆
 とりあえず、右折です(^-^)

 右折し進みますと、展望台らしき建物が…近付きますと、展望台ではありませんで石仏が置かれましたお堂が…
 そして、左脇には小さな祠が…中には同様に石仏が(^-^)
 ここはまだ頂上ではありませんようですから、とりあえず石仏に手を合わせ、頂上方向に歩行続行となりました。
 頂上へと続きます道は、まるで落葉が敷き詰められた絨毯です。上り道は石段ですけど、落葉でほぼ覆われています。ですから足を滑らせないよう慎重な前進が続きます。
 石段を上がりきりますと側道が…うん、うん、石段上り口の右側の道から上がりましたら、廻り道ですけどなだらかでしたから、石段を直進よりも楽でしたかも(^-^)

 そして、また絨毯の道を進みますと、ヤッと頂上に到達です。「眺洋山」の石碑が存在ですから(^_^)v
 先ほどの石仏の場所からですと眺望も可能でしたけど、頂上の周りは樹木に囲まれまして瀬戸内の眺望は今一ですねぇ(^-^)/

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年末・お正月三が日は、お寺・お墓詣りのGONsanです…

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 例年の事ではありますけど、年末、そして、お正月三が日は、嫁さんとお寺・お墓詣りのGONsanです。
 三が日最終日の本日・1/3もまた、お寺・お墓詣りとなりました(^.-)☆

 お寺・お墓は山側に存在しますから、歳を重ねますごとに、お寺・お墓詣りがキツくなりますような気も致します(^-^)
 まぁ、GONsanばかりでなく、大概の皆様が同様なのだと思います。いゃいゃ、GONsanのみかも分かりません(^-^;

 嫁さんがお寺の本堂で手を合わせています間、GONsanは境内から我が町を眺望です(^_^)v
 この三が日はいずれも天候に恵まれまして、新しい輝かしい新年を迎えますのに相応しい好天が続きました。風も無く冷たくもありません。と、言いますよりも、お墓まで上がりますと、多少汗ばんでもしまいます。
 ご先祖様の墓前で手を合わせました後は、またまた我が町を眺望となりました。
 いつもの事ですけど、墓地からの眺望は最高ですねぇ~
 墓地から下ります際には、途中、観世音菩薩にもお詣りです。
 昨日は、観世音菩薩の参詣に数人訪れておられまして、実に珍しく順番待ちでありました。こんな事も珍しいのですけどネ。

 観世音菩薩とお別れしますと、鐘楼にと向かいます。
 お墓詣りには必ずここを通りますのですけど、鐘楼脇の建物の縁側に、こんな文書が…今日まで全く気付きませんでしたけど…
 令和元年11月12日付け・令和元年12月付け・令和2年1月1日付け…の三つの文書が…
 「妙顕寺を守る会」「妙顕寺の再興を願う会」…とは、どんな会なのでしょう…

 文書に眼を通しますと、少々眉をひそめる内容でありました。
 随分前に、お金の使途不明が取り沙汰されていますような事を耳にしました事がありますけど、以降は何にも分かりませんGONsanですから、この文書の内容は、その時の問題なのだろうか…それとも、新たな問題が生じたのだろうか…と、推察するしか無いのですけど…
 この三つの文書の内の一つは「元旦付け」ですから、少々根深い問題なのかも…

 う~ん、お正月早々にイヤな文書に眼を止めてしまいましたねぇ~
 それにしましても、妙顕寺は由緒有りますお寺なのでしょうから、いつの日か「日蓮宗由緒寺」に名を連ねて貰いたい…由緒寺の仲間入りをして貰いたい…こんな想いがあるのですけど、こんな文書が公然と置かれていますのですから、由緒寺に名を連ねますのは、ほど遠いようですねぇ(^-^;
 哀しいですねぇ~
 ですが、それにしましても、「妙顕寺を守る会」「妙顕寺の再興を願う会」…とは、どんな会なのでしょう?
 「総代会」があるのですから、何か問題が生じていますのでしたら、総代会で解決なさるのが妥当とは思うのですけど、この文書が取り除かれずに、ここに置かれたままなのも気になりますネ。11/12(火)からは1ヶ月半も過ぎていますのですから…
 何か難しい内容なのかも…
 とにかく、GONsanのような凡人には実に不可解な文書に感じられてなりません。

 いゃあ、お正月早々に、実にイヤな文書に眼を止めてしまいましたねぇ(^-^)//"

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12/23(月)は、沼隈町常石の「眺洋山」を散策でした(^.-)☆(1)

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 12/23(月)は気持ち良さそうな天候でしたから、午前中に沼隈町常石の「眺洋山」を散策となりました。
 A.M.11:00に眺洋山上り口に到着ですけど、う~ん、残念。車で簡単に頂上まで…と思っていたのですけど、入口は車輌進入禁止でありました(^-^)
 入口には、こんな案内標識が…『天下の絶景 桜の名所 眺洋山 入口→頂上まで約1km』と。
 頂上まで1kmとはわずかな距離ですから、車は入口に駐めまして散策開始となりました(^.-)☆

 散策スタート前に、WEB上で「眺洋山」を事前勉強。検索しますと、こんな記載のページが(^.-)☆

 ◆灘山(眺洋山) 標高190m 広島県福山市沼隈町常石

 --- http://kasaoka.yu-yake.com/yama100kei/2009/f13-4.html ---

 ≪山頂のすばらしさ≫

 常石造船がある町、常石の裏にそびえるのが「灘山」。ところが、この山は地元では「眺洋山」と呼ばれている。海側の眺めがぼっけえのでわざわざ山の名を変えた。そういう記念碑が山頂にある。
 登ってみると、登山口の標識にある「天下の絶景」と呼ぶほどの山ではなかった。
 景色はまあまあでも、登りやすく、春は桜もあり、地域に愛されている山であることは実感できた。

 …と、こんな記載がありました。
 『登山口の標識にある「天下の絶景」と呼ぶほどの山ではなかった』とは、チョッとショック。ですが、せっかく訪れましたのですから、上らない訳にはいきません(^-^)
 早速、散策スタートです(^-^)//"

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初日の出参拝は、昨日同様「新展望スペース」からでした(^.-)☆(2)

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 一服しまして間もなく、再度、日の出出現です(^.-)☆
 意外と早く7分程度でまた姿を現しましたネ。ですが、もぅ明る過ぎて画像には撮れません。
 ですが、せっかくの初日の出参拝ですから、欲張って5つくらい手を合わせて祈願です\(^o^)/凡て、叶うと嬉しいのですけど…

 この段階で、まだ残っておられます方々はおられますけど、GONsanは退散となりました。
 毎回そぅなんですけど、初日の出の画像は、うまく撮れませんのが哀しいですねぇ~

 帰路には、熊が峰駐車場の手前辺りに「みろくの里」が臨めます駐車スペースがありますので、ここで「みろくの里」「尾道」方面を眺望です(^.-)☆
 正月三が日も営業しています「みろくの里」…元旦の来訪者は多いのでしょうか…三が日に出掛けた事がありませんから、よく分かりませんけど(^-^)//"

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初日の出参拝は、昨日同様「新展望スペース」からでした(^.-)☆(1)

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 本日・元旦は、A.M.6:00に起床。
 初日の出参拝は、妙見神社…田尻町杏畑の山際…グリーンライン新展望スペース…の、いずれにしようか暫し思案のあげく、昨日同様にグリーンライン新展望スペースに出掛けます事に(^.-)☆

 我が家を出ましたのは,A.M.6:35。
 洗谷からグリーンラインに入り熊ヶ峰近くまで走行して来ますと、うん、うん、水呑学区の「熊ヶ峰初日の出参拝登山」の皆さんですねぇ~水呑八幡神社・六方学園から熊ヶ峰への登山道を上がって来ますと、ここに出ますから、グリーンラインの県道に到達されました方々が、路傍を熊が峰へと向かっておられます。
 「熊ヶ峰初日の出参拝登山」とは言いましても、皆さんが実際に向かっておられますのは「葛城山」なんですけどネ(^.-)☆

 まぁそれはさて置きまして、GONsanは、この方々を横目に「新展望スペース」へ(^-^)
 途中、要所要所で車が駐まっておりましたけど、瀬戸内を臨めます展望の良い場所で初日の出を待っておられますのでしょうねぇ~
 後山公園展望台駐車場でも満車状態で、駐車場までの手前辺りから多くの車が路傍に駐車。この方々の車を横目にGONsanは、ひたすら新展望ペースに走行続行です。
 ですが、この調子ですと、新展望スペースに駐車が出来ますかどぅか…

 予想通り、新展望スペースでも、手前辺りから皆さん路傍に駐車です。勿論、GONsanも同様です(^.-)☆
 車を駐め、そこからは歩いて眺望可能な場所へ(^-^)
 どぅにか三脚をセット可能なスペースを確保し、とりあえず一安心となりました。
 時間を確認しますと、A.M.7:05でありました。日の出までは、未だ20分程度待機となりますようです。
 近くにおられました若者に、「今日の日の出は何時頃ですか?」と尋ねますと、「ここは、A.M.7:27頃だと思います…」との事でありました。

 昨日同様に、瀬戸内の島々を雲が覆っておりますから、初日の出は雲と雲の隙間から少しだけ拝めますネ(^.-)☆
 ですが、このタイミングを逃しますと、また15分ばかり待ち、2度目に現れますのを待たなければ(^-^)
 暫く待っておりましたら、待望の初日の出。時間は、丁度、若者から教えて頂いたA.M.7:27丁度(^_^)v
 シャッターチャンスですけど、哀しいかなピントが合わない(^-^;
 撮るには撮りましたけど、ピンボケ写真となってしまいましたねぇ~う~ん、残念(^-^;

 GONsanがもたもたしています間に、雲に隠れてしまいました日の出san。再び姿を現しますには、5~10分程度は要しますのかも…
 この段階で、この場を去られます方々が結構おられましたので、ここでGONsanは一服ですネ(^-^)//"

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「ルクシアタふくやま」&「福山城あかりまつり」に出掛けて来ました(^.-)☆(9)

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 それでは、久松通り経由で帰る事に致します。福山郵便局前の歩道のイルミネーションもパチリ(^.-)☆
 翌日の中国新聞朝刊には、「福山城あかりまつり」の様子が、こんな記事掲載で紹介されておりました(^-^)//"

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謹賀新年(^-^)/

年賀状(裏書き)20191222

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