GONsanの“気まぐれ独り言”


GONsanがこよなく愛します芦田川には、こんなおばけフナが生息しております(^.-)☆



 これは、夕方、ゴンchanと散策時の芦田川河川敷の一コマなんです。
 何でもない景観ですけど、芦田川近くに暮らしていますGONsanですから、こんな景観に心は癒やされます。
 これでもか、これでもかと、芦田川の景観を飽きもせず撮り続けておりますが、今からも、これからも、ズッと撮り続けて行きます事でしょうネ(^-^)/

12/11(日)は、久し振りに松山行きとなりました(^.-)☆(34)

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 ◆天神櫓

 松山城本壇上の、北から西かけての北東面の防衛ラインの拠点にあるのが天神櫓で、艮門の状況を把握する役割も持っていた。社寺建築に用いられる正面扉様式(蔀戸・しとみど)があり、久松松平家の遠祖にあたる菅原道真を祀ったためこの名がある。(愛媛県松山市)

 …との事ですけど、残念ながら此処は工事用フェンスで遮断され、見る事は出来ませんでしたネ(^-^)//"

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12/11(日)は、久し振りに松山行きとなりました(^.-)☆(33)

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 向かって左が「小天守」で、中央が「大天守」です(^.-)☆

 ・大天守(重要文化財)

 大天守は三重三階地下一階の層塔型天守で、黒船来航の翌年落成した江戸時代最後の完全な城郭建築です。また、「現存12天守」の中で、唯一、築城主として瓦には葵の御紋が付されています。
 大天守、小天守、隅櫓を渡櫓で互いに結び、武備に徹したこの天守建造物群は、わが国の代表的な連立式天守を備えた城郭といわれている。
 大天守の全高は、本壇から20m(しゃちほこの高さを入れると21.3m)。本壇は本丸から8.3mの高さがあり、本丸の標高は約132mであることから、大天守の標高は約161mあることになります。これは「現存12天守」の平山城の中では最も高い城郭です。山の高さは、同じ平山城である姫路城の約3倍の高さです。

 ・現存12天守

 江戸時代には、全国に170箇所はあったとも言われるお城ですが、江戸末期から明治にかけての戦乱や明治政府による廃城令、また天災や第二次世界大戦での戦災などにより、数多くの城郭が失われ、今や江戸時代以前に建造された天守が現代に残っているのは、全国で12城しかありません。これを「「現存12天守」」といいます。
 これらの天守は、貴重な歴史的文化遺産として国により国宝や重要文化財の指定を受けています。該当する城郭は次のとおりです。「弘前城」、「松本城」、「丸岡城」、「犬山城」、「彦根城」、「姫路城」、「松江城」、「備中松山城」、「丸亀城」、「松山城」、「宇和島城」、「高知城」(「日本100名城」による順)。

 ・連立式天守

 連立式天守とは城郭の象徴である天守の構成分類の一つで、大天守・小天守・櫓を四方に配置し、多聞(たもん)櫓(長屋形式の櫓)でつなぐ形式をいいます。建物で仕切られた中庭ができるのが特徴で、厳重な防備手法であるため天守防衛の究極の姿であるとも言われており、「現存12天守」の中では、姫路城と同じ構成となっています。
 松山城は、日本で最後の完全な城郭建築(桃山文化様式)として、層塔型天守の完成した構造形式を示していると言われています。

 …と、こんな小天守・大天守のようですけど、今から天守に上がってみたいと思います(^.-)☆

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町内の親睦会『新風会』新年会(^.-)☆

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 今日・日曜日(1/22)は、町内の親睦会であります「新風会」の皆様との新年会でありました(^.-)☆
 当初の案内状通りA.M.11:30に中村集会所に集合で、送迎車2台に分乗し三吉町の「中華料理 福香園」にと到着。
 参加者は総勢11名と少ないようにも感じますが、まぁいつもこんな感じで、いつものメンバーではありました(^.-)☆

 乾杯の後、メンバーを見廻しますと、う~ん、いつの間にかGONsanが最長老となってしまいましたねぇ~
 改めて会員増強の必要性を痛感してしまいます。
 我が町内も年間行事を振り返ってみますと、何だかんだと色んな行事・催しがありまして、その機動力となります中枢に位置されますのがこの方々。
 なんですけど、新風会の面々も高齢化に向かって突き進んでいますようです(^-^;
 早やGONsanが最長老なんですから(^-^)

 今から先にと眼を向けますと、悩み・課題も多いのですけど、そんな事はさて置きまして、飲んで食って英気を培いませんと(^-^)
 それではまた、今日の様子を少しだけ画像でご案内致します(^-^)//"

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友人特派員のお一人が、画像の送信を(^.-)☆

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 今夜届きました画像は、友人特派員のお一人からのモノでした(^.-)☆
 1枚は、正月休暇を利用してメルボルンに出掛けられました際の一コマなのでしょうか…夜景が大変キレイです\(^o^)/
 ふ~ん、結構いぃカメラを持っておられますようですねぇ~

 そして、2~4枚目は蒜山高原とその行き帰りの光景でしょうか…
 高原の後方の建物は、蒜山ラドン温泉なのかも…

 最後は、「釜山です」との説明が(^-^)
 釜山の何処なのか分かりませんけど、海辺には大勢の人影が…冬の海辺にわざわざ…と言う事は、このカモメの群れ飛びます光景が目当てでありますのかも…
 ともかく、せっかくですから、今夜のGONsanの絵日記の話題に戴きです(^-^)//"

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元同僚が、庄原市内の雪景色を届けてくれました(^.-)☆(2)

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 GONsanにとりましてはイィ景観なんですけど、こんな中での日常生活は何かと大変なものと思います。
 もぅこれ以上、降雪がありませんと宜しいですネ…

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12/11(日)は、久し振りに松山行きとなりました(^.-)☆(32)

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 本丸広場で周辺の景観を画像に納めておりましたら、んっ!?…また前撮りカップルに遭遇です(^.-)☆
 でも、いつの間に追い抜かれましたのでしょう?
 まぁとにかく、どさくさに紛れてGONsanもパチリ(^_^)v

 ◆松山城の本丸広場

 松山城天守のある本丸広場は、都市公園となっているため、憩いの場として4月から10月は朝5時から夜21時までの間、11月から3月は朝5時半から夜21時までの間、開放されています。
 朝、ラジオ体操などをしている方もいます。

 ◆馬具櫓

 松山城の本丸中央付近の西側石垣の上に馬具櫓はあります。復元された櫓で、松山城の復元された建物は殆ど木造ですが、この馬具櫓のみ鉄筋コンクリートで復元されており、見ごたえは有りません。
 しかし、本丸の西石垣の上から馬具櫓越しに乾門等の城郭は見事なのでご覧ください。

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元同僚が、庄原市内の雪景色を届けてくれました(^.-)☆(1)

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 もぅ25~26年ばかり昔の事になるでしょうか…阪神大震災発生時代に職場を同じくしました元同僚が、退職され現在は諸事情により庄原市に暮らしておられます。
 仲々お会いする機会には恵まれませんけど、年賀状のやり取り…そして、時たまLINEを通じましての会話…等で現在にと至っております。

 こんな元同僚が、本日、庄原市内の雪景色を届けてくれました(^.-)☆
 いゃぁ仲々イィ景観ですねぇ(^_^)v
 とは言いましても、ご自宅周辺の除雪作業は重労働のようですけど…

 せっかくですから、二回に分けて、GONsanの絵日記の話題に使用させて戴く事に致します(^-^)//"

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GONsanの職場のチョッと笑える一コマです(^.-)☆

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 GONsanの職場は土足では入れませんで、上履きに履き替えてオフィス内にと入ります。
 これはいつでしたか…GONsanの職場のチョッと笑える一コマです(^.-)☆

 下駄箱に靴を格納したのは良いのですけど、片方がはみ出しにも拘わらずお構いなしに閉めておられますから笑ってしまいます。
 注意力は劣りますGONsanですから、日常使用しておりましても、この靴がどなたのかは分かりません。
 ですが、大体想像出来ますような…

 と言いますのも、例えばロッカーでも似たような光景を(^-^;
 ロッカーの扉は閉めてはありますけど、ロッカーの扉の間からスーツの袖が、この下駄箱の靴のような感じで覗いておりますから笑えます。
 ロッカーには使用者のお名前が記載されておりますから、どなたの使用かはスグに分かります(^.-)☆

 こんな事情から、この靴がどなたのモノなのかは容易に想像されてしまいます(^-^)
 それにしましても、どぅしたらこんな形での収納となりますのでしょうねぇ~普通は、閉めます時に挟まりますのが分かりそうなものなのですけど…
 GONsanの職場の一コマをこの絵日記の話題としますのも少々抵抗がありますけど、あまりの可笑しさにつぃ話題に(^-^)//"

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12/11(日)は、久し振りに松山行きとなりました(^.-)☆(31)

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 松山城は、別名「金亀城」とか「勝山城」と呼ばれているようです。「金亀城」は、昔、お堀に金の亀が棲んでいたという言い伝えから。「勝山城」は、お城のある山の名前が「勝山」だから。
 今も、麓に「勝山町」という町名がありますようですネ(^.-)☆

 ◆伊予松山城(いよまつやまじょう)

 慶長五年(1600)の関ヶ原の戦いで徳川家康率いる東軍に味方し、最前線で活躍した加藤嘉明は、その戦功により伊予国正木(松前)10万石から20万石に加増される。大封となった嘉明は足立重信を普請奉行に据え、道後平野中央の勝山に慶長七年(1602)から築城を開始した。翌八年(1603)十月には居を新城下に移し、松山という名称が初めて公にされたといわれる。
 その後も築城工事は続き、25年間かかって寛永四年(1627)にようやく完成。当時の天守は五重で偉容を誇ったといわれる。しかし、完成直前に嘉明は40万石に加増され会津に移封されてしまう。

 加藤嘉明に代わり24万石の領主として松山に入封してきたのが出羽・上山城主・蒲生忠知(蒲生氏郷の孫)である。忠知は二の丸の整備に力を注ぎ完成させたが、寛永十一年(1634)二月に参勤交代の途中に京都で病没し蒲生家は嗣子なく断絶となる。
 その後、寛永十二年(1635)七月に伊勢・桑名から松平定行(徳川家康の異父同母弟の松平定勝の子)が15万石で松山に入封する。以後、親藩・松平(久松)家が明治維新まで代々居城した。寛永十九年(1642)定行は、三年の年月をかけ、築城当時五重だった天守を三重に改築した。地盤の弱さからとも幕府への配慮ともいわれている。

 その三重の天守も天明四年(1784)元旦に落雷で消失するが、安政元年(1854)に天守を復興させた。これが現在の天守で、親藩・松平氏が黒船来航の翌年に復興させたため、、わが国最後の完全な城郭建築となった大天守は現存12天守の中で唯一、築城主として葵の御紋が付された天守である。

 伊予松山城は松山平野中央部にあり、勝山(標高132m)の山頂に本丸がある連立式天守の平山城である。姫路城、和歌山城とともに日本三大平山城のひとつに数えられている。山頂に本丸、中腹に二之丸、山麓に三之丸を整備した広大な規模の城郭である。天守は安政元年(1854)再建と全国に12ある現存天守の中で一番新しいがその姿は重厚で美しい姿を見せてくれる。天守の他にも20棟が国の重要文化財に指定され、戦災や不審火で失われた建造物も木造で多く復元されている。また天守曲輪、本丸、二之丸の石垣がほぼ完全に残っており当時の縄張りもほぼそのままで、非常に見所の多い全国でも屈指の名城である。
 この城は観光用でロープウェイかリフトで本丸まで一気に行くことができ、そちらから登る人が非常に多いが、無料駐車場もある二之丸史跡庭園の下から登るのが城好きにはおすすめである。

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SAのイルミネーション…それなりにキレイです(^.-)☆

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 社用で関西方面に車で出張…と言っておりました友人特派員。
 どうやら日帰りでしたようですネ、P.M.7:00頃にこんな画像が届きましたから(^.-)☆

 相変わらず説明も何にもありません(^-^;
 何処で撮られたのだろぅ…と、6枚の画像を拡大し隅々まで見つめていますと、うん、うん、分かりましたネ(^_^)v
 かろうじて一ヶ所のみ地名の記載に気が付きました。
 ふ~ん、三木SAでありました。

 こんな時間帯に山陽道三木SAにおられますと言う事は、帰路、休憩か食事で立ち寄られましたのでしょうねぇ~
 土・日曜・祭日でありましたら行楽帰りの車輌で賑わいますのでしょうけど、平日ですから閑散としたものです。
 この調子では福山に戻って来られますのは、P.M.8:00~8:30…1時間では戻れませんから8:30頃になりますのかも分かりません。

 新しい年を迎えまして間もないのですから、とにかく事故無く安全に福山に戻って頂きたいものであります(^-^)//"

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 ・年齢 大人
 ・性別 男子
 ・地域 広島県福山市
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