GONsanの“気まぐれ独り言”


GONsanがこよなく愛します芦田川には、こんなおばけフナが生息しております(^.-)☆



 これは、夕方、ゴンchanと散策時の芦田川河川敷の一コマなんです。
 何でもない景観ですけど、芦田川近くに暮らしていますGONsanですから、こんな景観に心は癒やされます。
 これでもか、これでもかと、芦田川の景観を飽きもせず撮り続けておりますが、今からも、これからも、ズッと撮り続けて行きます事でしょうネ(^-^)/

大変だなぁ~と眼が向きました、退社時の一コマです(^.-)☆

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 これは退社時の一コマなんですけど、勤務を終え、一服しようかと周辺を見廻しました際に眼が向きましたのが、この光景です。この日も暑い一日で、福山市の室外の気温は35℃を越えていましたのかも…
 日差しは西に傾きつつはありましたけど、まだまだ炎天下。
 こんな状況下でビルメンテナンス業者の皆様が建物壁面の清掃作業でありました。
 白系統の壁面ですから、こうして清掃して行かれますと、みるみるうちに汚れも除去され本来の色に(^_^)v
 JFEsanのコークスの影響が大きいのでしょうけど、福山市内の大概のお宅は、黒っぽく汚れます。
 我が家なんぞも、ベランダの手摺りを指で撫でますと、勿論、黒茶色の粉塵が付着です(^-^)我が家ですらこぅなんですから、市内の大半のお宅も同様なのだと思います。

 まぁそのような事はさて置きまして、この清掃作業…こんな時期ですから暑さで大変でしょうねぇ~
 多分、若者の皆様が行っておられますのでしょうネ…暑さにもメゲず、機敏にテキパキと業務遂行です。GONsanなんぞは、こぅして一服しながら拝見していますのみで、額からは流れる汗(^-^;
 この時の気温は、何度でしたのか分かりませんけど、作業しておられる方々の熱中症が危惧されてしまいましたよ。
 プロの皆様ですから、タイムリーな休憩・水分補給は、勿論、計算済みでおられるのでしょうけど…

 まぁとにかく、眼を向けていますだけで、額・背中から流れる汗のGONsanなのでありました(^-^)//"

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霞町4丁目の道標…たまたま眼が止まりまして懐かしさが(^.-)☆

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 これは、8/11(火)に撮りましたでしょうか…所用で、たまたま霞町4丁目を走行し信号待ちの際の一コマなんです。
 何気なく前方に眼を向けておりまして、眼が止まりましたのが、『左トモツ道・右ヲノミチ道』の道標です。
 GONsanが幼少時には、福山~鞆の浦間を結びます鞆鉄道バスは、この前方からヤッて来まして、この四つ角を、画像で言えば左に進み、霞町商店街を抜け駅前通りに出ておりました。
 ですから、ここは鞆鉄バスの路線でありました。
 それが、いつの頃でしたか、福山駅前通りが、以前の野上町交番以南が競馬場方向に延伸され、それからはバス路線がこの霞町4丁目を通らずに、野上町交番前の交差点を芦田川方向に走行する経路に変更となりました。
 ですから、こんな道標を眼にしますと、何となく小学生時代に想いが向かい懐かしさが生じます。

 ですけど、この道標…昔からここに有ったのかなぁ~GONsanの記憶にはありません(^-^;
 で、WEB上で『霞町の道標』を検索してみましたら、うん、うん、こんな道標について綴っておられます方がおられました\(^o^)/

 ◆福山市霞町4丁目交差点角の追分道標(前編)

 --- 2012年09月20日 郷土史 https://blog.goo.ne.jp/tanezaka/e/626f737a11e093bca4b2daf1966dd1e1 ---

 昨日鞆鉄道・野上駅跡を紹介したが、少し寄り道することをお許し願いたい。備後国(の本流である福山)に近代的な鉄道が敷かれるまで住民はどんな道を通って城下を離れていたのだろうか。私と同じく素朴な疑問を抱いた人はかなりいるはずだ。
 謎が解けるきっかけとなったのが平成22年(2010)年7月21日(水)の毎日新聞朝刊の記事である。高山梓氏が書いた全文と現在の霞町4丁目交差点から西を望む写真を掲載する。

 ◇尾道、鞆への「道しるべ」福山・霞に〝里帰り〟

 福山市霞町の福山霞三丁目商店街に明治時代から第二次大戦後まで「道しるべ」として設置され、その後の土地区画整理事業で移転を余儀なくされた石柱がこのほど、里帰りした。
 石柱は1900(明治33)年、地元の衆議院議員が寄贈した。江戸時代から街道として多くの旅人らでにぎわった一帯で、石柱は西の尾道と南の鞆への分岐を示す存在だったという。戦時中の空襲で辺り一面は焼け野原になったが、石柱は無傷で残った。
 しかし、54年の土地区画整理事業に伴い撤去され、約500㍍離れた中央公園(同町)の敷地内に移された。
 4年前、移転の経緯を知った同商店街の吉山征一理事長(72)が「あるべき場所に道しるべを帰してあげたい」と考え、56年ぶりの里帰りが決まった。
 今月17日、商店街関係者や市立霞小の児童らが台車を使い石柱を運び、元の場所に設置した。高さ約1.8㍍、重さ約300㌔の御影石製の石柱には、「左トモツ道」「右ヲノミチ道」と当時から残る文字で方向が示されている。
 吉山理事長は「やっと戻ってくれたなあ、と感激。街の歴史の証人として、これからも大切にしたい。にぎわい復活につながってくれれば」と話した。

 …と、こんな記載がありました。
 ふ~ん、そぅでしたか…ここに道標が戻されましたのは、「今月17日」との事ですから『2010年7月17日』なのでしょうネ(^-^)
 …と言うことは、ここに戻されまして既に10年経ておりますか…う~ん、GONsanは気付きませんでしたねぇ~
 たまたま信号待ちで、前方を見つめておりまして、何気なく眼に入りました道標ですけど、こぅして元に戻りました道標の経緯を知りますと、一層、感慨深い気持ちに浸ってしまいますGONsanなのでありました(^-^)//"

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2020/08/07(金)・笠岡市神島「月照山 日光寺」散策(^.-)☆(2)

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 普段、あまり使用しておられませんようにも感じられます、この上り道。無事に日光寺に辿り着きますのか一抹の不安も感じます。
 が、上り道の景観を何枚か画像に納めながら上がって行きますと、ヤッと上がりきったのでしょうか…前方が少し開けていますような…石灯籠が眼に入って来ました(^.-)☆
 境内の一部なのでしょうか…庭園なのかも…右手のズッと先には山門らしき建物も…
 左手側には民家が…そして、何やら石碑も…眼下には神島港なのでしょうネ…
 この民家方向から上がって来まして石碑前に続きます道が、日光寺への正規の参道なのかも分かりませんネ(^.-)☆

 ところで、この石碑には何が綴られていますのでしょうねぇ~
 まず、眼に入ります石碑の裏面から眼を通してみます事に。

 旅の途上、飢えや病などにより死んだ人の屍を見て詠んだ歌を、行路死人歌と呼ぶ。歌に詠むことにより異郷に果てた人の魂を鎮めることは、自己の旅の安全を祈ることでもあった。
 この歌は、瀬戸内の海路の途中、神島(かみしま)の浜で客死した人の魂を鎮めるため、調使首(つきのおみのおびと)が作った歌である。
 神島は、笠岡市神島(こうのしま)とする説と、福山市芦田川西岸の神島(かしま)説とがあるが、江戸期の学者契沖の『万葉代匠記』以来、神島外浦に式内社神島神社を残すこの地とされている。
 いずれにせよ、歌はその死を悼んで哀切であり、万葉人のやさしさにあふれる。
 --- 奈良女子大教授・坂本信幸 ---

 と綴られ、その傍らには、こんな記載も…

 万葉集成立千二百年、龍短歌会発会六十年を記念して、瀬戸内の海を望むここ月照山日光寺に歌碑を建立し、海路に果てた人々を永遠に鎮魂する。
 揮毫は、神島出身の歌人である龍短歌会代表 小宮山輝による。
 --- 平成17年11月5日 龍短歌会 ---

 後から表面を見てみますけど、これは歌碑のようですネ(^.-)☆
 そぅそぅ、それから眼下の神島港には、インド洋のモーリシャス沖で座礁した貨物船の船主、長鋪(ながしき)汽船㈱の本社が存在しますネ。

 ◆モーリシャス島で長鋪汽船子会社の船が座礁事故により燃料流出 賠償請求は

 --- 2020.08.18 アラームボックス https://alarmbox.jp/blog/?p=7137 ---

 インド洋にあるモーリシャス島南東部の沖合を航行していた貨物船「WAKASHIO」が現地時間7月25日にサンゴ礁に座礁しました。
 乗組員にけが人はいませんでしたが、悪天候により離礁することができず、現地時間8月5日に燃料タンクに亀裂が発生。約1,180トンの燃料油が流出しました。船の周囲にオイルフェンスを設置していましたが流出は防げませんでした。
 船内の燃料タンクに残っていた燃料はすべて取り除かれ、本船上に残っていた約3,000トンの油は現地時間8月12日までにほぼ全量を回収されましたが、現地時間8月14日に船倉に残っていた100トンの燃料が流出し始め、回収作業を行っていました。
 さらに、現地時間8月15日には船体に亀裂が入り船体が真っ二つに分断されました。船内の燃料タンクは回収済みのため、さらなる油の流出は限定的としています。沿岸部へのこれ以上の被害を防ぐため、オーシャンタグを使って分断された船首側の牽引を行っています。

 ・追記
 現地時間18日に「WAKASHIO」の船長と、副船長2人が航海の安全を脅かした容疑でモーリシャス警察に逮捕されました。2人は保釈が認められず、取り調べを受けています。

 ・当社船 座礁及び油濁発生の件 長鋪汽船株式会社
 事故を起こした船舶「WAKASHIO」は、「長鋪汽船株式会社」の関連子会社「OKIYO MARITIME COPR」が所有する積み貨物船で2007年に竣工されました。船籍はパナマ、乗組員20人(インド人、スリランカ人、フィリピン人)、運航は「株式会社商船三井」が行っていました。貨物は積まれてませんでしたが、燃料の重油3,800トンとディーゼル油200トンが積まれていました。
 モーリシャスの海はサンゴ礁、マングローブ、海藻によって多種多様の生態系がつくられており、燃料流出による環境被害によってモーリシャスの観光業に影響が出る恐れがあります。モーリシャス政府は14日付の声明で、環境汚染による損失や損害の法的責任を追及すると表明しており、国民に被害を証明する書類や写真の提出を求めました。

 ◆長鋪汽船株式会社の歴史 -- 岡山県笠岡市神島外浦2776-2 --

 ・江戸末期:家業である海運業を受け継ぎ、備中・讃岐地方特産の塩を阪神方面に輸送。
 ・明治中期:帆船を所有し長門・仙崎地方産の竹材、日南地方産の木材・木炭を阪神方面に輸送。
 ・1930年:「長鋪船舶部」創立
 ・1931年:帆船に焼玉機関を導入、朝鮮米等々の輸送に従事。
 ・1932年:帆船時代の中、我国最初の内航鋼船を建造。
 ・1943年:政府の要請により他社と合併し「八光汽船株式会社」を神戸市に創立。終戦と共に所有船を失う。
 ・1958年7月:資本金を300万円として「長鋪汽船株式会社」創立。
 ・1968年9月:「神潮海運株式会社」を創立、同社へ480万円を出資。
 ・1975年3月:「神潮海運株式会社」を吸収合併し、新資本金を1,600万円とし、現在に至る。

 ふ~ん、長鋪汽船㈱sanは、こんな歴史のあります海運業者なんですねぇ(^-^)//"

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カープ…投打共に絶不調のようですねぇ~

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 昨夜の「広島×DeNA」戦、ジョンソン投手の先発ですから、今夜こそ勝ち星を上げ、本来のジョンソン投手に戻って貰いたい…こんな強い想いでテレビを前のGONsanでした。
 久し振りの石原・ジョンソンのバッテリーですから、今季初勝利で、何としてでもリズムを取り戻して欲しい…テレビ観戦とは言え、応援の手に力が入りましたのですけどネ…
 結果は、「10×1」の大敗です(^-^;

 ◆試合内容

 DeNAは4回表、嶺井の適時打と柴田の犠飛で3点を先制する。その後は7回に佐野と倉本の適時打、8回にはソトの3ランが飛び出すなど、終わってみれば14安打で10得点を挙げた。投げては、先発・ピープルズが5回1失点で来日初勝利。敗れた広島は、投打ともに振るわなかった。

 ◆スコアプレー

 4回表 DeNA 7番 嶺井 博希 一死満塁 1アウト満塁の2-1からセンターへのタイムリーツーベースでDeNA先制! 広0-2デ 2、3塁
 4回表 DeNA 8番 柴田 竜拓 一死2、3塁 ランナー2、3塁の2-2からレフトへの犠牲フライを放つ 広0-3デ 2アウト2塁
 5回裏 広島 6番 堂林 翔太 一死走者なし 1-0からスタンド上段に飛び込むホームランを放つ 広1-3デ
 6回表 DeNA 7番 嶺井 博希 無死2、3塁 外角高めのストレートを見送ってボール 1-1 K.ジョンソン (投):暴投 広1-4デ 3塁 内角のストレートを打つもサードゴロ 1アウト
 7回表 DeNA 4番 佐野 恵太 一死2塁 ランナー2塁の1-0からセンターへタイムリーツーベース! 広1-5デ 2塁
 7回表 DeNA 6番 倉本 寿彦 二死3塁 2アウト3塁の2-1からライトへのタイムリーヒット 広1-6デ 1塁
 8回表 DeNA 1番 梶谷 隆幸 無死1、2塁 0アウト1、2塁の1-1からセンターへのタイムリーヒット 広1-7デ 1、2塁
 8回表 DeNA 3番 ソト 一死1、2塁 ランナー1、2塁の1-2から左中間への3ランホームラン 広1-10デ

 …と、こんな試合展開でしたけど、う~ん、投打共に絶不調のカープで哀しいですねぇ~ただ、堂林翔太選手の復調は明るい話題でもありますが…
 とにかく、コロナ、コロナで気の重い現況ですから、せめてカープの連勝でモヤモヤ感を吹っ飛ばして貰いたいものであります。が、そぅは言いましても、そぅ簡単には好転しないのでしょうし…
 これで、借金「7」となりました広島カープ。今夜からまた気持ちを切り替え、一つずつ借金減少に向かって貰いたいものであります(^-^)//"

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昨日の朝刊に、チョッと気になります記事掲載が…

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 昨日の中国新聞sanの朝刊に、チョッと気になります「パイピング現象」の記事掲載が…
 GONsanは芦田川河口付近に暮らしておりますけど、昭和44年に河口堰設置の工事着工、昭和56年に竣工しました河口堰で、河口堰~芦田川大橋周辺辺りまではパイピング現象防止上、「遮水板」「止水板」が設置されています旨聞いておりますけど、芦田川堤防全域に遮水板が設置されてはいませんのでしょうねぇ~
 当時は、河口堰とか架橋新設工事の場合は、こうした「遮水板」「止水板」を設置するのだ…と言う程度の認識のGONsanでありました。
 が、昨日、この記事を眼にしまして、いつの日か芦田川堤防決壊の日が訪れるのかも…との、こんな危惧も生じてしまいました。
 心配しますとキリが無いのでしょうけど、もぅ残されました余命も10年程度のジジィのGONsan。平穏無事に余命を過ごして行きたいとは思うのですけど、さぁどぅなんでしょうねぇ(^-^)//"

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藤井棋聖の最年少での「二冠」&「八段」達成…ただただ「凄い!!」としか(^.-)☆

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 第61期王位戦7番勝負第4局は、藤井聡太棋聖が勝利し「王位」を奪取されましたようですネ(^.-)☆
 WEB上には、スポニチアネックスsanのこんな速報が…

 ◆木村王位「ストレート負けは恥ずかしい限り」藤井棋聖に苦杯もタイトル戦盛り上げた

 --- スポニチアネックス 2020年8月20日 18時3分 ---

 木村一基王位(47)に藤井聡太棋聖(18)が挑む第61期王位戦7番勝負第4局2日目が20日、福岡市の大濠公園能楽堂で行われ、3連勝中の藤井が勝利し無傷の4連勝で王位を奪取した。木村王位は巻き返しを狙ったが、4連敗でタイトルを失った。
 木村王位は対局を振り返り、「最後は差が開いてしまいましたので、ちょっと良くなかったですね。損のないようにやられてしまった感じ」とコメント。
 王位戦第2局で藤井がしたためた「タイトル戦初」の封じ手は通常2通のところ3通となった。これは木村王位の発案。追加分は希望者に販売し、売り上げをチャリティーとすることが決まっている。注目が集まったタイトル戦を盛り上げた木村王位。「ストレート負けは恥ずかしい限りで申し訳ないと思っています。また一から出直します」と誓った。

 …と、こんな「王位」戦の結果となりましたようです。
 確か木村王位は、最年長で「王位」を獲得されましたと思うのですけど、4連敗で失われましたとは実にお気の毒。まぁ勝負の世界ですから仕方ありませんけど…
 それにしましても、藤井棋聖の最年少での「二冠」&「八段」達成…ただただ「凄い!!」としか\(^o^)/
 これで、「八冠」への夢も大きく膨らみましたネ。
 藤井聡太棋聖の「八冠」達成は、決して夢ではありませんかも…まだ18歳とお若いですから、「八冠」へのチャンスは、何度も訪れますかも分かりませんネ。
 是非、達成、実現して欲しいですネ(^-^)//"

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2020/08/07(金)・笠岡市神島「月照山 日光寺」散策(^.-)☆(1)

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 何処か出掛けてみたいけど、コロナ禍で人が集まります場所もイヤですから、どぅしたものか…と思案のあげく、8/7(金)の午前中は、またまた笠岡市神島に出掛けます事に(^.-)☆
 行き先は、以前から時間が許せば出掛けてみよう…と思っておりました「月照山・日光寺」。
 日光寺の麓辺りの海岸沿いのチョッとしたスペースに車を駐めさせて頂くことに…路上への無断駐車ではありますが(^-^;

 上り口が分からないかも…と、適当に歩いておりましたら、それらしき道が(^_^)v
 この狭い上り道が、本当に日光寺への参道かどぅか分かりませんけど、とにかく上がって行きます事に(^-^)//"

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福山市のコロナ感染確認者「ゼロ」を確認しますと、ホッとしてしまいます…

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 ここ最近は、中国新聞sanの速報記事と福山市のホームページを確認しますのが、すっかり日課となってしまいましたGONsanです。
 8/15~8/19の5日間の、福山市でのコロナ感染確認者は「ゼロ」。5日連続の「ゼロ」とは、ホッとしてしまいます(^.-)☆
 が、県内では本日1名の感染確認者が発生しましたようですから、ホッとはしましても安心はとても出来ませんが…
 GONsanの職場でも、業務遂行上、福山~関西間を行き来されます方も多々おられます。当のご本人達は、色んな面でご心労の事と思います。
 出来る限りの精一杯の防衛策をとっておられますようですけど、連日の猛暑も加わり、さぞお疲れの事と思います。くれぐれも感染されませんよう、ただただ、祈るばかりのGONsanなのであります(^-^)//"

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天神社からの帰路には「かさおか太陽の広場」をウォーキングでした(^.-)☆(11)

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 復路の途中からは、笠岡湾が臨めます土手を歩行です。フェリー乗り場に眼を向けますと、笠岡諸島を結びます「富士ラインフェリー」が(^.-)☆
 「かさおか太陽の広場」と土手との間には、一直線の道が平行して南端まで続きますけど、土手からこの道に下りて来ますと、前方にスロージョギングをしておられます男性が…
 本当にスロージョギングで、GONsanの歩行速度とほとんど同じ。気持ちだけGONsanの方が遅いかも…
 この画像の間隔で、後方から駐車場までズッと付いて歩きましたGONsanです(^-^)

 この男性が若い方なのか年配の方なのかは分かりませんでしたけど、スロージョギングとは言いましても、このスピードでのジョギング…これは随分キツいでしょうねぇ~
 こんなにユッタリと、安定した一定のスピードでのジョギング…
 後方から追随していますGONsanですから、よく分かります。ほとんどこの間隔が変わりませんでしたから(^_^)v
 きっと、このコースを、毎日、スロージョギングしておられますのでしょうねぇ~キレイな走行フォーム・一定した走行スピードから充分感じられてしまいます。

 「かさおか太陽の広場」南端の駐車場にと戻って来ますと、往復の所要時間は、91分でありました。
 GONsanのジョギングは6分/kmで、ウォーキングは9分/kmですから、片道2.9kmの彫刻を楽しみながらの往復…まぁ、こんなもんかも分かりませんネ。
 何度訪れましても、結構、楽しめます「かさおか太陽の広場」でありました(^-^)//"

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天神社からの帰路には「かさおか太陽の広場」をウォーキングでした(^.-)☆(10)

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 それでは、噴水広場・彫刻広場…と、スタート地点の駐車場方向へ逆戻りです。往路では、画像に納めませんでした作品を拝見しながら(^.-)☆
 作品名・創作者名をWEB上で調べてみますと、詳細のご経歴が不明な方もおられますけど、こんな記載がありました(^.-)☆

 ◆八田 隆 --- ON STONE ---

 1952 鹿児島市に生まれる
 1982 多摩美術大学大学院研究科修了
 1980/'81 松阪彫刻シンポジウム参加
 1982/'88 神戸須磨離宮公園現代彫刻展エスキース展
 1993 横浜ビエンナーレ横浜彫刻展 奨励賞受賞 第3回かさおか石彫シンポジウム参加
 1994 第14回神戸須磨離宮公園現代彫刻展 神奈川県立近代美術館賞受賞 '94日向現代彫刻展('95/'96)
 1995 ART LIVE'95(鹿児島市美術館)('96) '95宮崎現代彫刻・空港展('96/'97)
 1996 雨引の里と彫刻

 ◆八田 隆

 鹿児島市生まれ。県立鶴丸高等学校卒業、多摩美術大学院 彫刻専攻修了。関東にて活動を続けていたが、1998年鹿児島県庁への作品制作で4ヶ月鹿児島へ帰省したことを機に鹿児島に拠点を移す。

 ★受賞歴:横浜ビエンナーレ横浜彫刻展奨励賞、第14回神戸須磨離宮公園現代彫刻展 神奈川県立近代美術館賞。
 ★出展・設置歴:1995宮崎国際現代彫刻・空港展(~2017)、「ブラック・スパイラル」(鹿児島県庁舎庭園 鹿児島市 1998)、「プライベート・ガーデン」(霧島アートの森 湧水町 2000)、モニュメント「石景」(倉吉パークスクエア 鳥取県倉吉市2001)、九州新幹線開業記念野外彫刻2004(鹿児島県歴史資料センター黎明館前庭 2004)、EXPO RAINBOW in SAKURAJIMA (レインボー桜島 鹿児島市 2015)、個展「石の開き」(ZENZAI GALLERY 姶良市蒲生町 2016)、「ぞ展」(長島美術館 鹿児島市 2017)

 ◆零駒 無藏 --- 集う ---

 --- 移住ネット 2011年03月17日 https://e-iju.net/interview/685.php ---

 久万高原の森の中でイメージした「いってんもん」の作品を創作する彫刻家の零駒無藏(ぜろこまむぞう)こと、春駒英一郎さん(49歳)。林業に携わりながら、1年以上かけて見つけた久万高原町の古民家で、陶芸家の奥様の麻亜子さんと、幼稚園に通う娘の鈴ちゃんと一緒に山暮らしを楽しんでいます。

 Q まずは、愛媛に来られるまでの経緯を教えて下さい。

 僕は、もともと東京生まれの東京育ち。四国へは27歳の時、スケッチ旅行で香川県の庵治町へ来たのが最初です。
 その頃は、絵描きを目指していて、仕事を1ヶ月休んで、築100年のボロボロの古民家を借りました。ちょうど、世界的彫刻家であるイサム・ノグチさんのアトリエの近くの山の上ですね。
 そこで、四国の風景を描いていたのですが、いい若いもんが昼間からぷらぷらしていると、近所の人があまりいい顔をしない。それで、近くに住んでいた彫刻家が「自分のところで働いていることにしたら」と誘ってもらった流れで、そのまま弟子入りすることになりました。
 零駒無藏(ぜろこまむぞう)という作家名は、その時の師匠の空充秋(そらみつあき)に付けてもらいました。師匠曰く、本名の春駒英一郎は、なんだか歌舞伎役者みたいだと(笑)。
 名字の零駒には、「持ち駒がゼロ、ゼロからのスタートだよ」という意味が、名前の無藏には、「彫刻家は一生貧乏だから、藏は持てないぞ」という作家としての心構えが込められています。
 その後、石材店に勤めながら、5年ほど石彫を続けていた間に、愛媛県の建設会社の社長が僕の作品を気に入ってくれて、その建設会社に彫刻家として採用されたのが、愛媛に来たきっかけです。

 Q 愛媛に来てからどれくらいになりますか?

 愛媛に来て15年になりますね。最初の6年間は、建設会社に勤めながら作品を作っていたのですが、限界を感じて独立することになり、松山市郊外の森松町に住居兼アトリエを構えました。
 そこで、2年ぐらい創作活動をしていて、ようやく住み心地が良くなってきたなと思っていた頃に、ご近所から作業の音がうるさいと言われるようになって。
 そういう問題が起こってから、久万高原町に限定して、作業場兼住居を探し始めました。

 Q どうして久万高原町に限定したのですか?

 久万高原町は、景色がきれいで気に入っていた場所でしたし、山間部なら、周りに民家が少ないので、作業の音が気にならない古民家があるだろうと。
 家探しは、「e移住ネット」のような行政の移住支援サイトでいろいろ調べたり、久万高原町役場の人にお世話になったりしながら、1年以上続けました。
 その間、かなりたくさんの物件を見ましたが、結論から言うと、いくつか条件に合う家は見つかっても、なかなか最後の一押しができない。大家さん自身はOKでも、親戚の方が他人に家を貸したがらなかったり、家の中に荷物がたくさん残っていたりと、いろいろな事情で話が流れてしまう。田舎に行けば行くほど、自分たちの思い出がある家を知らない人に貸すのは抵抗があるみたいですね。
 ちょうど古民家探しが難航していた時に、久万高原町の林業担い手会社「いぶき」が職員を募集していたので、先に久万高原町で仕事を始めることにしました。
 久万高原町の地場産業に勤めていれば、職場の人から古民家を紹介してもらえるかもしれないし、借りる際も、地場産業に勤めている人なら貸してもらいやすいだろうという、最後の一押しを期待しての転職でした。

 ◆零駒 無藏

 零駒 無藏 1961年東京生まれ 愛媛県在住

 ★受賞歴
 1990年 第4回現代日本具象彫刻展 優秀賞
 1992年 第5回現代日本具象彫刻展 優秀賞
 1993年 ORC 200の街をかざる彫刻コンクール 佳作賞

 ★略歴及び出展歴
 1983年 渡仏 ソルボンヌ大学及びアカデミーグランドテールに学ぶ
 1990年 第22回日展
 1991年 第2回石のさとフェスティバル 第6回神戸具象彫刻大賞展 第14回現代日本彫刻展優秀模型展 第2回横浜彫刻展ヨコハマビエンナーレ'91 第4回ロダン大賞展マケット秀作展
 1992年 アートヒル三好ヶ丘'92彫刻フェスタマケット展 第13回神戸須磨離宮公園現代彫刻展
 1993年 アートヒル三好ヶ丘'93彫刻フェスタマケット展 第7回神戸具象彫刻大賞展 93日向現代彫刻展
 1994年 第3回倉敷まちかどの彫刻優秀模型展 第3回石のさとフェスティバル 公募彫刻展in能生模型展入選 大阪市都市環境アメニティ表彰
 1995年 建設会社に彫刻家として入社 モニュメント・庭・店舗ファサード・アート家具などを制作
 1996年 第28回日展
 1997年 第4回倉敷まちかどの彫刻優秀模型展 第4回石のさとフェスティバル 第17回現代日本彫刻展優秀模型展 第29回日展
 1998年 第30回日展
 2006年 建設会社を退職、
 2007年 展ギャラリー 日高定光氏と二人展
 2008年 久万高原町に工房を設立
 2010年 いよせきストーンギャラリー 企画展
 2011年 ギャラリー黒猫 個展
 2012年 高松市石の民俗資料館 企画展
 2012年 GALLERY CAFE KIKUJIRO 企画展
 2013年 久万青銅之廻廊15周年記念 企画展
 2014年 ギャラリーかわにし 企画展 田中戸 個展
 2015年 東京・いりや画廊 個展 ギャラリーかわにし 企画展
 2016年 ギャラリーアンフィール 企画展 GALLERY CAFE KIKUJIRO 企画展

 ★シンポジウム参加歴
 1992年 第2回かさおか石彫シンポジウム
 1995年 第8回美濃加茂彫刻シンポジウム
 1997年 第4回かさおか石彫シンポジウム 招待参加

 ★パブリックコレクション
 1990年  千葉県立美術館
 1991年  横浜市営地下鉄中川駅
 1992年  千葉県立美術館
 1992年  岡山県笠岡市美の浜彫刻広場
 1993年  大阪市中央区弁天町駅オーク内
 1995年  美濃加茂美術の森
 1998年  愛媛県松前庁舎
 1999年  愛媛県松前町総合福祉センター内
 2001年  愛媛県立えひめこどもの城内
 2003年  愛媛県新田青雲中学校内
 2013年 久万青銅之廻廊
 2015年 ミウラート・ヴィレッジ

 ◆難波 皆子 --- 土のにおい ---

 難波 皆子 Minako Namba

 最近街や、公園などにはいろいろな彫刻があります。形の美しいもの、大きなもの、技法が優れているものなど。その中で私の造る作品は、でき上がったときが完成なのではなく、その街や場所に住んでいる人などが「なんだろう」と興味を持って触れたり、遊んだりしていくうちに完成する作品でありたいと思っています。
 そして、見る人のイメージがふくらむような(私の場合は主に植物の種や、実などからイメージしています。)思わず触ってみたくなるような“彫刻”そのものというよりも、暖かい“空間”を造っていきたいと思っています。
 そういった意味でも最近は、ストリートファニチャーと呼ばれているベンチや車止め、遊具にも成り得る作品を主に造っています。それら作品のある空間に触れたとき、何か「ホッ」とするものを感じてもらえたら、と思っています。

 ◆題:「土のにおい」

 --- 野外彫刻の調査レポート http://www.shigeharuakiyama.com/carving/cat93/index.html ---

 場所:公園
 公園の中にあるが、目立たないところでもある。抽象的な作品ですが、と言っていいのかどうか、裏にまわって見るとおしりのような、前を見ると鼻の穴のようにも見えるし、フォークなのか、シャベルのつもりなのか、いろいろ考えられる。
 タイトルを見ても「土のにおい」人は子供の頃土いじりをして、また、年老いて、土いじりをしたくなるように、土いじりは安らぎを与えるのかな?昔から人は死んで土にかえるといいます。「土のにおい」どろまみれということなのか、自然、やさしさ、めぐみ、ふれあい、それとも何だろう。
 アスファルトに囲まれたこの世の中で「土のにおい」私にはむずかしいけど、なんだか忘れていたような気がして大事にしないといけないことに思えた。

 …と、こんな彫刻家の皆様であります(^-^)//"

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  • 9/6(日)は「滝山渓谷グリーンシャワーロード」を散策でした(^.-)☆(9)
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  • 本日は「秋彼岸会施餓鬼法要」で、お寺・お墓参りとなりました(^.-)☆(1)
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 ・地域 広島県福山市
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