GONsanの“気まぐれ独り言”


GONsanがこよなく愛します芦田川には、こんなおばけフナが生息しております(^.-)☆



 これは、夕方、ゴンchanと散策時の芦田川河川敷の一コマなんです。
 何でもない景観ですけど、芦田川近くに暮らしていますGONsanですから、こんな景観に心は癒やされます。
 これでもか、これでもかと、芦田川の景観を飽きもせず撮り続けておりますが、今からも、これからも、ズッと撮り続けて行きます事でしょうネ(^-^)/

9/18(日)には「第23回ゲタリンピック2016」の開催でした(^.-)☆<1>

01-920-66666666666666
01-720
 9/18(日)には「第23回ゲタリンピック2016」の開催でした(^.-)☆
 当日は、あいにくの雨天でありましたけど、チョッとだけ覗いて来よう…と、降雨の中を出掛けて来ましたGONsanです。

 JR松永駅南口に到着しますと、A.M.10:45。
 A.M.10:00からの開催ですから、当然の事ながら既に始まっておりました(^-^)競技の部「ゲタでゴザール」が…

 早速、この様子をパチリとなりました(^-^)//"

 9/18(日)には「第23回ゲタリンピック2016」の開催でした(^.-)☆
 当日は、あいにくの雨天でありましたけど、チョッとだけ覗いて来よう…と、降雨の中を出掛けて来ましたGONsanです。

 JR松永駅南口に到着しますと、A.M.10:45。
 A.M.10:00からの開催ですから、当然の事ながら既に始まっておりました(^-^)競技の部「ゲタでゴザール」が…

 早速、この様子をパチリとなりました(^-^)//"

友人が、災害調査で今度は宮崎へ…<5>

02-720
01-720
 青島の「鬼の洗濯板(岩)」を楽しまれましてから次の観光は、高千穂峡行きとなりましたようですネ(^.-)☆

 >残念ながら増水の為ボートに乗られませんでした
 >マァ台風の影響だから仕方がない
との事で、水面近くのボートから見上げますのは叶わなかったようですネ。

 ◆高千穂峡

 高千穂峡(たかちほきょう)は、宮崎県西臼杵郡高千穂町三田井にある五ヶ瀬川にかかる峡谷である。国の名勝、天然記念物に指定されている(五箇瀬川峡谷(高千穂峡谷))。

 ・概要

 阿蘇カルデラをつくった火山活動によって、約12万年前と約9万年前の2回に噴出した高温の軽石流(火砕流の一種)が、当時の五ヶ瀬川の峡谷沿いに厚く流れ下った。この火砕流堆積物が冷却固結し溶結凝灰岩となり、柱状節理が生じた。
 溶結凝灰岩は磨食を受けやすいため、五ヶ瀬川の侵食によって再びV字峡谷となったものが高千穂峡である。
 高さ80~100mにも達する断崖が7kmにわたり続いており、これを総称して五ヶ瀬川峡谷(高千穂峡)と呼ぶ。
 昭和9年(1934年)11月20日に名勝、天然記念物に指定された(「五箇瀬川峡谷(高千穂峡谷)」)。昭和40年(1965年)3月25日には祖母傾国定公園に指定された。

 ★真名井の滝

 真名井の滝(まないのたき)は、高千穂峡の川幅が狭まった部分に流れ落ちる滝である。日本の滝百選の一つ。
 峡谷の崖上は自然公園となっており、その中にある「おのころ池」より流れ落ちる水が真名井の滝となっている。
 神話によれば天村雲命(あめのむらくものみこと)という神が天孫降臨の際に、この地に水がなかったので水種を移した。これが天真名井として湧水し、滝となって流れ落ちているといわれている。
 夏季は午後10時まで滝周辺がライトアップされ幻想的な雰囲気を出している。

 ・観光

 「真名井の滝」付近は峡谷に沿って遊歩道が整備されており、「真名井の滝」や「仙人の屏風岩」、「槍飛橋」などを観光しながら高千穂神社まで歩いていくことができる。
 なお、「槍飛橋」から高千穂神社までは、悪路ではないが階段状の山道がつづくので歩く場合は歩きやすい靴や服装の方が良い。
 また、峡谷は貸しボートで遊覧できるようになっており、峡谷に流れ落ちる日本の滝百選の一つである「真名井の滝」の至近まで近づくことが出来る。
 夏には近くのお茶屋でそうめん流しが楽しめる。

 …と、こんな高千穂峡のようですネ(^-^)//"

9/11(日)は某協会福山支部san主催の「交通安全ボウリング大会」でありました(^.-)☆<6>

01-1000-565656565656
 無事、2ゲームを投げ終えますと、いよいよお待ちかねの表彰式にと移ります(^.-)☆

 社員数増加推移にあります我が社にも拘わらず、毎回チーム編成には一苦労。今回もまた同様でありました。
 日々の業務遂行でお疲れのところ、社員の皆様に社の行事としてご無理お願いし、どうにか5チーム編成しエントリーとなりました。
 練習はしていませんし、言ってみれば寄せ集め軍団なのではありますけど、いざ参加しプレイ開始となりますと、皆さん我が社グループの一員として仲間意識を結束し、和気藹々とゲームは進行です。

 ですが不思議に感じます事も…
 チーム編成もままなりませんのに、ゲーム終了で成績発表に移りますと、毎回、それなりに入賞し数々の賞品を手中に収めます我がグループ。「協会福山支部に我が社あり!!」の意気込みは、今回もまた充分伝わりましたかも…

 当日の戦績をお知らせ致しますと、
 ・準優勝:我が社Aチーム
 ・10位:我が社Bチーム
 ・30位:我が社Dチーム
 ・BB賞:我が社Cチーム

 個人表彰の部では、
 ・50位:Nsan、90位:Y常務、130位:Ssanの皆様でありました。

 受賞されました皆様には改めて拍手をお届けしたいと思います。参加頂きました選手そして応援者の皆様、大変お疲れ様でございました。
 今後も協会主催の諸行事には前向きに取り組んで行きたいと思います。我が社グループ社員の皆様の一層のご協力を宜しくお願いしたいものであります(^-^)//"

友人が、災害調査で今度は宮崎へ…<4>

01-720
02-720
03-720
04-720
 早朝散策を終え、朝食後は早速、宮崎観光へとご出発ですネ(^.-)☆
 まず向かわれましたのが、宮崎市から日南方向へと南下。青島行きとなりましたようですねぇ(^_^)v

 青島と言いますと、まず頭に浮かびますのが『鬼の洗濯板』。

 ◆青島(宮崎県)

 青島(あおしま)は、宮崎県宮崎市の南東部海岸付近にある周囲860m、面積約4.4ha、高さ約6mの島。陸繋島になりつつある。対岸は青島海岸と呼ばれ、青島海水浴場などを含む一大観光地になっている。青島と青島海岸とは弥生橋によって結ばれている。

 ・自然

 砂岩と泥岩が交互に重なった地層(油津層群)からなる山が沈降して海に浸かり、波に侵食された後にわずかに隆起することで「隆起波食台」と呼ばれる地形が形成された。
 規則的に重なった地層が緩やかな傾斜をなしているため階段状に侵食されており、巨大な洗濯板のように見えることから「鬼の洗濯板(岩)」と呼ばれる。

 宮崎県南部海岸には南西から北東に向かって黒潮が、同北部海岸には北から南へ沿岸流が流れており、これらの潮流によって貝殻の破片などが集められ隆起波食台上に堆積することで青島が形成された。珍しい地形であることから「青島の隆起海床と奇形波蝕痕」として日本国の天然記念物に指定されている。
 島では200種類以上の植物が確認されており、そのうち熱帯性及び亜熱帯性の植物が27種あり、北半球最北の亜熱帯植物群落である。
 中でもビロウの大群落は貴重であることから「青島亜熱帯性植物群落」として日本国の特別天然記念物に指定されている。本来ならば寒さにより枯死する高緯度の場所にこのような熱帯性及び亜熱帯性植物の植物群が存在する理由として、学者により二つの説が提起されている。

 一つは海着帰化植物説といい、島の沖を流れる黒潮によりフィリピンや沖縄方面から南方系の植物の種子や生木が漂着し繁栄したという説。もう一つは遺存説といい、第三紀前に日本で繁栄した高温に適する植物が気候、風土、環境に恵まれたこの場所に取り残され、今日まで繁栄したという説。現在では後者の遺存説が有力視されている。

 ・歴史

 島の中に青島神社があり、神聖な場所であるため祭日以外に一般人が立ち入ることは禁じられていたが、1737年(元文2年)以降、弥生(旧暦の3月)後半の一時期に限り一般人の参詣が許されるようになり、明治以降は年間を通して立ち入りできるようになった。
 昭和に入ると周辺の青島海岸に遊園地や海水浴場が整備され、ホテルが建ち並ぶ観光地になった。
 2003年(平成15年)において年間約70万人の観光客が訪れている。

 …と、こんな青島ですけど、本日は好天で絶好の行楽日和でありましたようですネ(^-^)//"

友人が、災害調査で今度は宮崎へ…<3>

02-720-555555555
 うん、うん、宮崎出張中とは言いましても昨日・今日と、お休みのようですねぇ(^.-)☆
 連休初日の昨日は降雨でしたようですけど…

 で、連休2日目の本日は天候にも恵まれまして、早速、各地観光にとなられましたようですネ(^_^)v

 まず最初に届きました画像は、いつものように早朝散策時の画像でありました(^-^)
 宮崎北警察署の正面入り口の景観です。
 そして、次に届きましたのが宮崎育成牧場入り口の景観でありました。

 んっ、宮崎育成牧場!?
 何なんでしょう?早速、WEB上で検索です。すると、こんな記載がありました(^.-)☆

 ◆宮崎育成牧場について

 宮崎育成牧場は、宮崎市のほぼ中央、JR日豊本線沿いに位置し、温暖な気候条件を生かして競走馬の育成を行いながら、「馬のいる公園」としても施設を一般開放しています。かつてこの場所は宮崎競馬場として、明治40年から昭和38年まで競馬が行われてきました。途中、戦争激化により昭和18年に国営競馬が中止となりますが、終戦後は昭和38年まで地方競馬が開催されてきました。

 競走馬の育成業務は昭和31年の抽せん馬事業開始にともない始められ、その後現在に至るまで九州地区におけるモデル牧場として、JRAの育成技術および研究成果の普及拠点としての役割を担ってきました。競馬場時代の一等馬見所(グランドスタンド)は、今でも保存されており、当時の名残がいまだに感じられます。
 一般に、日本のサラブレッドは春に北海道で生まれ、翌秋(1歳秋)に騎乗馴致を開始、1歳冬から2歳春にかけて乗り運動を行い、2歳夏に競走馬としてデビューします。近年、北海道においても屋内調教施設が充実し冬季の調教が可能となってきましたが、この時期、厳しい寒さや降雪等を考えると、北海道は必ずしも競走馬を育成する上で最適の気象条件ではありません。
 一方、宮崎の気候は冬季の気候が温暖で、日照時間および快晴日数が全国でもトップクラスにあることが特色です。すなわち、この温暖な気候が競走馬を育成する上で、大きなメリットとなります。

 ここでは、降雪や馬場凍結がなく、年間を通じてカリュキュラムに沿った調教を、1周1,600mの広いトラックで行えることが特徴です。また、放牧地はエバーグリーンで、馬たちはイタリアンライグラスを、年間を通じて採食することができます。
 我々は、宮崎育成牧場からダービーをはじめ世界の舞台で活躍できる馬を輩出する大きな夢をもっています。そして、夢を夢で終わらせないために、2005年、我々の育成馬厩舎をビッグ・ドリーム・ステイブル(Big Dream Stables)と名づけ、その夢に向かってステップアップしていこうとしています。

 …と、こんな「宮崎育成牧場」のようですネ。
 自由に入れますようですけど、残念ながら開場時間は9:00~17:00。
 早朝散策ですから、中に入りますのは叶いませんようですねぇ(^-^)//"

9/11(日)は某協会福山支部san主催の「交通安全ボウリング大会」でありました(^.-)☆<5>

01-720
02-720
01-720-55555555

9/11(日)は某協会福山支部san主催の「交通安全ボウリング大会」でありました(^.-)☆<4>

01-720
02-720
01-720-55555555

友人が、災害調査で今度は宮崎へ…<2>

05-720
01-500-555555555
-6666666666666666jpg
 宮崎から届きました友人からの画像・第二弾も、早朝の散策時に撮られたものでありました(^.-)☆

 >お早うございます
 >ホテルは宮崎第一ホテルです
 >今年リニューアルしたと言うことでまずまずです♪♪
 >有り難いのは朝食がついてサウナがあり
 >入る前に生ビールと焼酎が試飲できる事です♪♪
とは、確かに有難いし嬉しいですねぇ~

 そして、今朝は、宮崎第一ホテルを出まして北上で、真栄寺・宮崎神宮方向への散策となりましたようですネ(^.-)☆

 ◆真栄寺

 真栄寺(しんえいじ)は宮崎県宮崎市にある浄土真宗本願寺派の寺院である。
 JR日豊本線「宮崎神宮」駅から670mほどの所にある。宮崎神宮は神武天皇を祀る神社である。また、近隣に、NHK宮崎放送局の搭が聳える。

 1913年(大正2年)真住栄(ますみえい)が創建したと云われる。
 京都で廃寺となった玉昭寺の本尊を迎え建立したとされる。
 山門には「真栄寺 祝 開教100周年」「平成26年4月20日法要 修行」の文字を掲げる。

 山門を潜ると鐘楼、本堂と続くがモノトーンの五重塔が印象的である。
 搭は鉄筋コンクリート造り、高さ29m、納骨堂として建立したといわれる。一軒繁垂木の本瓦葺三間五重塔婆形式である。

 …と、こんな真栄寺のようであります(^.-)☆

 ◆宮崎神宮

 宮崎神宮(みやざきじんぐう)は、宮崎県宮崎市神宮にある神社である。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。

 ・社名

 歴史は古く、「神武天皇宮(社)」、「神武天皇御廟」などと称されたが、明治6年(1873年)に「宮崎神社」と改称し、更に同11年「宮崎宮」と改称、大正2年(1913年)に神宮号が許可されて現社名となった。地元では「神武さま」と呼ばれ親しまれている。

 ・祭神

 神日本磐余彦尊(神武天皇)=ヤマト・イワレヒコ=を主祭神とし、父神鸕鷀草葺不合尊と母神玉依姫命の2柱を配祀する。

 ・由緒

 社伝によれば、鎮座地は神武天皇が東征以前に宮を営んだ地で、後に九州に下向してきた皇孫の建磐龍命(阿蘇神社の祭神)がその縁に因んで創祀したといい、崇神天皇の時代に初めて社殿が創建され、景行天皇の熊襲征討に際して重ねて造営がなされ、更に応神天皇の時代からは『国造本紀』に載せる日向国造の祖、老男命(おいおのみこと)が祀るようになったと伝える。

 古くから鎮座していたのは確からしいが上古の由緒は不明で、文献上の初見は鎌倉時代初めまで降り、当地の地頭職にあった土持信綱が現在地に社殿を造営し、皇宮屋(こぐや)(現 境外摂社)から建久8年(1197年)に遷座したという記録である。
 『神皇正統記』に神武天皇が「日向の宮崎の宮」から東征したと記すように、中世には東征以前に宮崎に帝都があったとする説も定着し、当宮をこれに充てるようになったと思われ(『古事記』に載せる高千穂宮(高千穂神社)に擬する説もある)、以後神武天皇に対する崇敬から、歴代の領主により深く崇敬された。

 文明5年(1473年)に伊東祐国が蓮ヶ池(現宮崎市村角町)と下北方(同下北方町)の一部を奉献したのを始め、永禄3年(1560年)に有馬永純が社領として2石5斗を寄進、同5年(1562年)には伊東義祐が下北方・江平(現宮崎市江平町一帯)から領地を割いて奉献、更に天正5年(1577年)には島津義久が米穀や幣帛を奉献している。

 江戸時代には、延岡藩が当地を所領し、寛永21年(1644年)藩主有馬康純が社殿を造営、天保10年(1839年)にも藩主内藤政義による修造が行われている。もっとも、神武天皇を祀る古社とはいえ、江戸時代までは地方の1古社に過ぎず、当宮が広く全国的に知られるようになったのは、明治維新の王政復古の大号令で「神武創業の始め」に復することが唱導され、当宮が脚光を浴びるようになってからである。

 明治6年に 県社と定められた(この時宮崎神社と改称。「社名」節参照)が、神武天皇の最初の宮地であるとの伝承から特別の待遇を受けるようになり、同8年に国幣中社、同18年には官幣大社へと累進した。同32年には総裁を二条基弘、会長を島津忠亮とする「神武天皇御降誕大祭会」が組織され、高木兼寛が幹事長となって全国から寄付金を集めて境内整備を行い、同40年にほぼ現在の姿となったが、更に昭和15年、紀元2600年を記念した拡大整備事業(その規模は橿原神宮に次いで全国2位であったという)で、現在の境内が完成した。戦後は神社本庁の別表神社となり、現在に至っている。

 …と、WEB上にはこんな記載。
 よく分かりませんけど、GONsanなんぞには、『日本の初代天皇「神武天皇」をまつる立派な神社』程度の認識しかありませんけど、さて、どぅなんでしょうねぇ~

9/11(日)は某協会福山支部san主催の「交通安全ボウリング大会」でありました(^.-)☆<3>

02-720
01-720
01-720-5555555555

ふ~ん、来月5日にカープのリーグ制覇を祝います「優勝パレード」ですか(^.-)☆

カープパレード20161007-55555555555555
 カープファンにはタマりません9月10日の広島東洋カープ25年ぶりのリーグ優勝。
 そうなんですねぇ~久しく優勝とは無縁でしたから、最後の優勝から早や25年の月日の流れ…この日の訪れますのが実に長い道のりでありました。
 ですが、これで満足します訳にはいきません。CSのファイナルステージを勝ち抜いて10月22日からの日本シリーズに臨まなければなりません。まだまだ道半ばの広島東洋カープ。心の底から喜べますのは、日本シリーズを制してからになりますのかも…

 ところで、先日・10月6日に広島市の平和大通りでリーグ優勝を祝います優勝パレード開催が発表されました。主催は、広島県や広島市、広島商工会議所、中国新聞社など14団体でつくる実行委員会。実現しますと、これも41年ぶりの復活となりますネ。

 カープ初優勝時の優勝パレードは、百米道路(平和大通り)にもの凄い人出。私も仕事の合間に出掛けまして大感激。と同時に「この百米道路に、こんなにも多くの人々が集まって来るのだ!!」と大きな驚きでもありました。この驚きは決して私一人では無かったようですネ。
 こんなにも大勢の人が集まるのなら、広島にも「博多どんたく」のようなお祭りを創ろう…とのこんな声が上がって来ました。
 それから構想を練りますこと2年間。既に平和大通り一帯を会場にした新しい祭りの構想を練っていた中国新聞社が中心となり、商工会や市側と折衝を重ね、1977年に初めて開催しましたのが「第1回ひろしまフラワーフェスティバル」でありました。それほどまでにカープ初優勝を祝います優勝パレードは強烈な出来事となりました。
 「カープの優勝パレード開催」…この発表に、41年前の熱き想いが脳裏に蘇ります方々は、随分多い事でしょうねぇ~

 因みに、第1回フラワーフェスティバルでは、米軍「グリーンベレー」の精鋭部隊が実に堂々とした行進を行いまして、平和都市「広島」に大きな衝撃を与えましたのも、忘れる事の出来ません出来事として残りましたようです。
QRコード
QRコード
ジャンル(絵日記)
日常生活を通じて眼にしたこと、感じたこと、出掛けた先の景観…等を、備忘録代わりに絵日記として綴っております(^-^)/"
ギャラリー
  • 3/17(日)午前中は、〝ふくやまマラソン2024〟の観戦でした(^.-)☆(35)
  • 3/17(日)午前中は、〝ふくやまマラソン2024〟の観戦でした(^.-)☆(35)
  • 3/17(日)午前中は、〝ふくやまマラソン2024〟の観戦でした(^.-)☆(35)
  • 3/17(日)午前中は、〝ふくやまマラソン2024〟の観戦でした(^.-)☆(35)
  • 3/17(日)午前中は、〝ふくやまマラソン2024〟の観戦でした(^.-)☆(35)
  • 3/17(日)午前中は、〝ふくやまマラソン2024〟の観戦でした(^.-)☆(35)
  • 3/17(日)午前中は、〝ふくやまマラソン2024〟の観戦でした(^.-)☆(35)
  • 3/17(日)午前中は、〝ふくやまマラソン2024〟の観戦でした(^.-)☆(35)
  • 3/17(日)午前中は、〝ふくやまマラソン2024〟の観戦でした(^.-)☆(35)
  • 3/17(日)午前中は、〝ふくやまマラソン2024〟の観戦でした(^.-)☆(35)
  • 3/17(日)午前中は、〝ふくやまマラソン2024〟の観戦でした(^.-)☆(35)
  • 3/17(日)午前中は、〝ふくやまマラソン2024〟の観戦でした(^.-)☆(35)
  • 3/17(日)午前中は、〝ふくやまマラソン2024〟の観戦でした(^.-)☆(35)
  • 3/17(日)午前中は、〝ふくやまマラソン2024〟の観戦でした(^.-)☆(35)
  • 3/17(日)午前中は、〝ふくやまマラソン2024〟の観戦でした(^.-)☆(35)
アーカイブ
プロフィール

 ・名前 GONsan
 ・年齢 大人
 ・性別 男子
 ・地域 広島県福山市
 ・星座 牡牛座


GONsan's ホームページ 「日本全国通過旅」


Since '96/01/01  ブログパーツUL5




GONsanの「気まぐれ独り言」 - にほんブログ村

↓ 何となく笑えます(^.-)☆








↓ 落書きですけど、お上手ですネ(^_^)v









↓ 今は亡きGON子です



  • ライブドアブログ