GONsanの“気まぐれ独り言”


GONsanがこよなく愛します芦田川には、こんなおばけフナが生息しております(^.-)☆



 これは、夕方、ゴンchanと散策時の芦田川河川敷の一コマなんです。
 何でもない景観ですけど、芦田川近くに暮らしていますGONsanですから、こんな景観に心は癒やされます。
 これでもか、これでもかと、芦田川の景観を飽きもせず撮り続けておりますが、今からも、これからも、ズッと撮り続けて行きます事でしょうネ(^-^)/

2018年「福山消防出初め式」(1)

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 1/14(日)には草戸大橋下流の東側芦田川河川敷で、「福山消防出初め式」の開催でありました。
 大概、出初め式開催日はGONsanの職場の新年互礼会に重なりまして、GONsanにとりましては9年振りの出初め式見物となりました(^.-)☆
 今回は、重なりませんでしたので(^-^)

 と言う訳で、当日はA.M.9:20に我が家を出まして水呑大橋東詰の河川敷に駐車し、そこから出初め式会場まではテクテク歩きとなりました。
 川面に眼を向けますと、カモsan達がノンビリと…
 対岸の山方向に視線を移しますと、元旦に初日の出詣りで出掛けました妙見神社が…

 土手には消防関係者の方々のお姿が…
 水呑大橋~草戸大橋間の土手は、既に走行禁止となっておりますようです。出初め式が終わります13:00頃までは、走行規制が続きますのでしょうねぇ~
 それではまた、出初め式の様子を画像でご案内させて頂きたいと思います(^-^)//"

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んっ!?…昔懐かしいウルトラマンが(^.-)☆

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 本日の午後でしたか…所用で福山市医師会に出掛けました際の一コマなんです(^-^)
 医師会の駐車場に入ろうとしますと、いつの間にか駐車場に建物を新築中でありました。で、仕方なく、この裏側の駐車場に廻ろうとします際に眼に入りましたのが、この、昔懐かしいウルトラマンの凜々しい姿(^_^)v
 とりあえず、先に所用を済ませ、後でユックリと(^-^)

 そして、所用を終え、またこの場所に。
 イィ歳のジジィのGONsanが、ウルトラマンのお姿を撮ろうとしていますのを、誰かに見られましても恥ずかしいですから、一応、周辺をキョロキョロ。
 幸いに通行しておられます方も走行しています車輌もありませんから、安心して数枚パチリ(^.-)☆
 車が来ません事を幸いに市道の真ん中からもパチリです。

 それから車に乗り込み、撮りました画像を確認です。
 そぅしていましたら、パトカーが1台ユックリとGONsanを睨みながら通過です(^-^;
 そぅでした、ここは広島県警福山東署の近隣地区でありました。
 きっと、何処かでこのGONsanの様子が眼に入りましたのでしょうねぇ~それで、一応、不審人物か否かの確認でしたのでしょうねぇ(^-^;

 悪い事はしていませんのに、チョッとドキッのGONsanです。
 公道の真ん中に立ち画像を撮る事が悪い事と言われますと、う~ん、それまでなのですが…
 GONsanなんぞは、前後左右の200m圏内に車・人の存在がありませんでしたら、例え赤信号でも平気で渡って行きます世代ですから、とても悪い事とは…ですが、パトカーは、一応、睨んで通過されましたから…きっと悪い事なのかも…

 それはさて置きまして、このウルトラマンは、リサイクルマートsanの商品なのでしょうネ(^-^)
 求めましたら、いくら要しますのでしょうねぇ~
 このウルトラマンを購入しますと、きっと孫達は大喜びかも…
 ですが、我が家の駐車場に立てますのも恥ずかしいですし…畑の片隅に設置しますのもイィかも分かりません。が、きっと高価で、勿体無くて、手が出ませんかも(^-^)//"

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いゃぁ、世界の『キヤノン』の創業者が福山ご出身とは知りませんでした(^-^;

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 本日、GONsanの職場に来訪有りました方とのお話しの中で、カメラの話題が…
 そして、世界の『キヤノン』の創業者が、福山ご出身の方でありました事を教えて頂きました時には少々ビックリ(^-^;
 いゃぁ、GONsanは全く知りませんでしただけに、大きな驚きでありました。知らなかったのは、GONsanのみなのかも分かりませんけど…
 それと、今までGONsanは、「Canon」を「キャノン」と文字で書いておりましたけど、正しくは「キヤノン」なのだと指摘されました事に対しましても、大ビックリ(^-^;

 後で、WEB上で確認してみますと、こんな記載が…

 ■キヤノンの本当の生みの親

 --- 2014-04-30 09:44:32 ---

 テーマ:デイリープラネット
 キィーマンズネットから転載

 ★キヤノンの本当の生みの親、吉田五郎

 現在、日本製のカメラは完成度の高い製品として世界で認められている。といっても、日本製カメラ(もちろん当時は銀塩カメラである)が、ブランドとして成立したのは、ほんの戦後のことだ。
 今回は、そんな初期の国産カメラの開発に尽力し、キヤノンの前身となる会社、精機光学研究所を創業した吉田五郎氏(以下敬称略)をキーマンとして紹介しよう。

 吉田五郎は、1900年に広島県福山市にて誕生した。
 小学生の頃から、身近にあったカメラを分解しては組み立てるという行為を繰り返していて、それが発端でカメラに深い興味を持っていった。そのため、旧制・福山中学校(現・福山誠之館高校)に入学したものの、カメラへの興味から中退し、上京してしまう。
 上京した吉田は、映画用の撮影カメラや映写機を修理する業者で働いた。これがきっかけで、修理だけでなく映写機を映画関係者に納入するというような仕事にも携わるようになってきた。
 もちろん、当時の映写機は海外からの輸入製品が当たり前。アメリカやドイツが主な輸入先だった。吉田も業務の一環として、映写機やその部品を海外に調達に行く機会がたびたびあった。
 多くは上海のマーケットでの売買だったが、あるときそこで出会ったアメリカ人貿易商が吉田の人生を大きく変える一言を発したのだった。

 その内容は---
 「なぜお前は上海なんかに買い付けに来る?お前の国、日本には素晴らしい軍艦や飛行機を作る技術があるじゃないか?それだけの技術があるなら、カメラや映写機ごときを作れないはずはないだろう?」---というもの。
 そんな言葉に、吉田は発奮するのだった。
 もともと手先は器用だったから、入手したライカ製の一眼レフカメラをバラし、その中身を研究して機構を把握するのは容易だった。
 吉田は言っていた。
 「どんなカメラでもバラバラに分解してみれば、別にダイヤモンドが入っているわけじゃない。真鍮とアルミ、鉄やゴムの部品で構成されている。それぞれは大した物じゃないけど、1つにまとまるだけでものすごい値段になる」

 吉田は、カメラを製造する会社を起業することを決めた。しかしそれには多額の資金がいる。
 そこで吉田は、義弟にあたる妹の夫・内田三郎を頼ることに。彼は証券会社出身で、当時の株で大きな収益をあげていた。カメラには全く興味はなかったものの、吉田の熱意にほだされた義弟は資金を提供し、自身も参画して事業を立ち上げることになった。
 1933年に東京・六本木の小さなアパートに「精機光学研究所」が創立されたのだった。

 創立にあたっては、内田の知人・御手洗毅も資金を提供し、創業の翌年には内田の証券会社時代の部下・前田武男も事業に参画する。
 吉田はひたすらライカのカメラを分解し続け、その中身を図面にした。その後、必要な部品の図面を東京周辺のさまざまな工場に見せては加工可能なら調達するという手法で調達していった。
 海外のカメラメーカーのように一極集中で部品を作ることはできなかったが、いくつもの工場の力を集結することで、日本製のカメラの製造が始まったのだった。

 その結果1934年、日本初の35ミリフォーカルプレーンシャッターカメラとなる「Kwanon(カンノン)」の試作品が完成した。
 その製品名は、吉田が観音経の信者だったから。ちなみに、専用レンズには「KASYAPA(カサパ:釈迦の弟子の1人)」の名が冠されている。

 吉田は試作品が完成した時点で、雑誌・アサヒカメラに大々的に広告を掲載。国産カメラの登場は大きな反響を呼んだ。ところが、肝心の製品が完成しない。
 もともとカメラに興味も知識もなかったが、経営を主導していた内田は製造担当の吉田に不信をつのらせる事態となった。
 内田はツテをたどって、陸軍の光学兵器のエキスパートであった山口一太郎を精機光学研究所の技術者として招聘した。
 これで製品化が進む…と思いきや、吉田と山口は性格が合わず、カメラの設計・生産においても意見が噛み合わなかった。

 その結果、なんと吉田のほうが精機光学研究所を飛び出してしまうのだった。吉田は「吉田研究所」を設立しカメラの開発を目指した。
 吉田は「国産ライカを作った男」としてそれなりに有名だったがカネはない。資金を得るために以前携わっていたような映画撮影機材の改造や修理を請け負う仕事を続けることとなった。
 逆に精機光学研究所は、創立時に資金を援助した御手洗毅が尽力したこともあり、現・キヤノンに成長するのだが、今回のキーマンである吉田の話とはまた別の話である。

 吉田は結局、自身でオリジナルのカメラを開発することはできず、戦後になると精機光学研究所のライバルともいえる光学精機社(後のニッカカメラ、現・京セラ)に技術協力した。
 そこでそれなりの成果は生むも、結局そこからも撤退。その後吉田は、「アキハバラデパート」で店員として働き、もはやカメラ開発に関わることはなくなり、カメラについて語ることもなくなってしまったのだという。
 そして1993年に没している。
 いま大企業となったキヤノンと吉田の関わりは、起業のきっかけを作ったこと、そしてその際の試作品を開発したことぐらいしかなかったということになる。
 実際のところ吉田は、キヤノンが市販した初めてのカメラ「ハンザキヤノン」は、自分が試作品のときに設計したボディではないと明言している。
 しかしながら吉田が、いまあるキヤノンの創業に関わり、国産カメラの基礎を築いたことは間違いない。そして彼がかつて持っていた「国産カメラを作る」という強い意志こそが、現在の日本のカメラブランドの礎になっているのだろう。

 …と、こんな記載でありました。
 ふ~ん、「キヤノン」にはこんな歴史がありましたのですねぇ~
 全く知りませんGONsanなのでありました(^-^)//"

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今年もまた元旦は、初日の出詣りからスタートとなりました(^.-)☆(9)

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 正月2日目、そして3日目もまた墓参りから1日がスタートでした(^.-)☆
 何年か前までは、こぅして土・日・祭日とヒマさえ有りましたら嫁さん・ゴンchanと墓参りをしておりましたけど、両親が亡くなりまして以降から少し墓参りと疎遠に…と言うか、頻繁には墓参り出来なくなりましたかも。
 1年も経ませんうちに二人とも亡くなってしまいまして、入れ替わりに孫達が成長。

 別に孫達に手が掛かりますから墓参りと疎遠になりました訳でもないのですが…
 両親が亡くなりましてからは、何だかんだと忙しくなりましたせいも多少はありますのかも…
 こんな状況ですから、三が日とは言いましても毎日墓参りしますのは実に久し振り。

 昨年3月にはゴンchanも亡くなってしまいましたけど、まだ元気におりましたら、三が日にはゴンchanも同行。
 GONsanが眺望しておりますと、ちょこんと足元に座り、同じように眼下を見下ろしていますのでしょうけどねぇ~
 元旦には、お寺・お墓詣りされます方も大変多かったのですけど、さすがに3日目ともなりますとチラホラに(^-^)

 正月休みも、翌日・1/4を残すのみ。
 楽しみにしておりましたお正月休みも、アッと言う間に過ぎ去ってしまいます。こぅして眼下の我が古里を見下ろしておりますと、今年一年間も平穏な日々であって欲しい…元気に過ごせる日々であって欲しい…と、こんな願いにひたすら強い想いが向かってしまいましたねえ(^-^)//"

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今年もまた元旦は、初日の出詣りからスタートとなりました(^.-)☆(8)

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 墓参りを終え、我が家近くまで戻って来まして眼に入りましたのが、電線に引っ掛かりました凧(^-^)
 どなたか公園で凧揚げを楽しんでおられましたのでしょうねぇ~でも、さすがに凧揚げは公園では無理なようですネ…

 公園は住宅に囲まれていますから、当然、周辺には電線も(^-^)
 いとも簡単に電線に引っ掛かってしまいます。子供さんにはお気の毒ですが…
 GONsanの孫達も凧揚げは好きですから、「凧揚げに行こうか?」と誘いますと、即、「行く、行く」の二つ返事で迷わず河川敷にと向かいます。
 この公園から河川敷までですと、そんなに距離もありませんしスグに出掛けられますのに…
 
 凧揚げで遊んでいました子供さんも可哀想ですけど、凧さんも可哀想な光景でありました(^-^)//"

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今年もまた元旦は、初日の出詣りからスタートとなりました(^.-)☆(7)

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 ご先祖様にお詣りの後は、いつものように我が町を眺望です(^.-)☆
 ここ最近はもぅ何年も、元旦は墓地から眺望しておりますから、大概、元旦は晴れていますのでしょうねぇ~
 竹林寺天文台も、霞んではいますけど、どうにか眼にします事は出来ました(^-^)/"

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今年もまた元旦は、初日の出詣りからスタートとなりました(^.-)☆(6)

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 初日の出詣りから戻って来ますと、遅ればせながら朝食です(^.-)☆
 勿論、雑煮ですけど、若い頃でしたら5~6個の餅は軽く食べておりますけど、今では二つがヤッとです(^-^)
 孫達は初滑りに出掛けていますのでしょうか…夕方ヤッて来ますとの事。う~ん、また嫁さんと二人の日々が続いていきますのですねぇ~別に嫌ではありませんけど(^-^)

 そして、A.M.10:00過ぎから嫁さんとお寺・お墓詣りとなりました。
 水呑公民館前に来ますと、例年通り門松が…よくよく見ますと、この門松、少しねじれが…いつもですと、もっとキレイに仕上げてあるのですけど、業者の方も年末は慌ただしい日々でしたのかも(^-^)
 山門では、元旦ですから左右の仁王様にご挨拶。

 幼少時からズッと元旦にはこの仁王様の真下に立ち見上げておりますけど、う~ん、未だにチト怖い。
 GONsanは決してウソ付きではないのですけど、やっぱり仁王様の下では、とても舌なんぞ出せません(^-^)/"

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ふ~ん、カラス君は神の使いでありましたか(^.-)☆

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 GONsanの職場の本社社屋に隣接し新しく本社社屋を建設に伴い、先日、起工式を執り行いました。
 そして、その翌日、起工式跡地にカラス君が飛来し懸命に何やら拾い食いをしておりました。
 そんなところへ何と言う鳥なのか分かりませんけど、小鳥も飛来。同様に何かを拾って食べておりました。

 そんな小鳥を追っ払いはしませんけど、時折り睨みをきかせますカラス君。その都度、小鳥の方は適度な距離感を(^-^)
 これをとりあえず数枚パチリのGONsanです。
 後で何を食べていますのか少し確認しますと、清めの塩が散らばっています感じでありました。
 まさか、塩分不足のカラス君が塩分を補給していたのでもないのでしょうけど…

 そしてまたその翌日、同様にカラス君が盛り土の上で何やら拾い食いです。
 何を食べていますのか確認しようと近付きますと、今回はサッと飛び立ってしまいまして、盛り土の上部を確認しヤッと納得のGONsanなのでありました(^.-)☆
 ふん、ふん、盛り土上部の窪みにはお米が(^_^)v
 うん、うん、そぅでありましたか…で、またまた、この盛り土上部をパチリです(^-^)

 こんなGONsanの様子に気付きました同僚がヤッて来まして「何を撮っているのですか?」と怪訝顔。
 で、事の次第を話しまして「神聖な盛り土をカラス君が汚しているから、追っ払いを…」と返しますGONsanです。
 すると、「カラスは神の使いなんですよ、厳島神社のカラスを知らないのですか…」切り返します同僚。
 う~ん、宮島には何度も出掛けていますけど、そんな事は知りませんGONsan。早速、WEB上でお勉強となりました。ら、こんな記載が…

 ■宮島と烏(からす)

 宮島の厳島神社の回廊入口には、明治34(1901)年銘のある「御嶋廻」と刻まれた石灯籠が立っています。その笠には烏(からす)のブロンズ像が乗っています。この烏こそ、宮島の神の使いとされた動物なのです。
 この烏は神烏(おがらす)と呼ばれ、厳島神社の姫神が鎮座の場所を探して舟で島の浦々を巡られたとき、先導役を果たして舟を今の厳島神社の場所に導いたと云われています。
 神烏は、日頃は宮島の山、弥山(みせん)に住んでいて、春の御島廻式のとき養父崎浦(やぶさきうら)にお出ましになり、その後、秋になると対岸の大頭神社(おおがしらじんじゃ)前で親子の別れをして、親烏2羽は、速谷神社(はやたにじんじゃ)を経て紀州熊野に帰っていくと云われています。
 そして残った子烏2羽は、弥山に戻って、次の一年を過ごすのです。
 弥山の山頂を訪れたとき、まるで登頂を歓迎してくれるかのように烏が姿を見せてくれます。これが神烏なのでしょうか。
 そう思うと、私たちが街中でいつも見かける烏とは違って、落ち着いていてどこか風格があるような気がします。

 …と、こんな記載。
 ふ~ん、なるほど、カラス君は神の使いのようですねぇ~大変勉強になりましたネ\(^o^)/

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今年もまた元旦は、初日の出詣りからスタートとなりました(^.-)☆(5)

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 最後にGONsanも松尾神社に参拝し、お別れとなりました。
 さて、本年はどんな年となりますのでしょうねぇ~

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GONsanの甥をNHKの映像で観ますのも何となく妙な気持ちに…

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 以前にも一度だけGONsanの甥について、この絵日記に綴りました事があるのですけど…いつでしたか…先月でしたかも分かりませんけど、NHKの番組に出ておりました。
 ニコライ・バーグマンsanの門下生・弟子として、それなりに国内外で活躍していますようですけど、GONsanの甥をテレビ画面を通じて眼にしますのも、何となく妙な気持ちが生じます(^.-)☆
 GONsanには無縁な世界ですけど、甥の笑顔を拝見しておりますと、安心と同時に嬉しくもなりますネ。
 今まで通り、自身の好きな道を力強く歩んで欲しいですネ(^-^)//"

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  • 今年の福山市民球場でのオープン戦は、「カープ×ヤクルト」戦のようですネ(^.-)☆
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  • んっ!?…朝早くからキャリアカーが車輌を卸しておられます(^.-)☆
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プロフィール

 ・名前 GONsan
 ・年齢 大人
 ・性別 男子
 ・地域 広島県福山市
 ・星座 牡牛座


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