GONsanの“気まぐれ独り言”


GONsanがこよなく愛します芦田川には、こんなおばけフナが生息しております(^.-)☆



 これは、夕方、ゴンchanと散策時の芦田川河川敷の一コマなんです。
 何でもない景観ですけど、芦田川近くに暮らしていますGONsanですから、こんな景観に心は癒やされます。
 これでもか、これでもかと、芦田川の景観を飽きもせず撮り続けておりますが、今からも、これからも、ズッと撮り続けて行きます事でしょうネ(^-^)/

台風10号の動向…大変気になりますネ(^-^;(4)

01-720

 本日の朝刊にも、備後地区各市町のイベント中止が報じられておりました。
 こぅしたイベントを随分前から準備して来られました方々、そして、イベントの開催を楽しみに待っておられました方々…大変残念でしょうネ…
 勿論、GONsanも相次ぐイベントの中止発表を残念がっています者の一人でありますけど、安全優先ですから仕方ありません。後はただ、台風10号が大きな被害をもたらします事も無く、無事に通り過ぎてくれますのを祈るのみ。
 明日、広島県に最接近との事ですけど、どぅなりますか…

GONsan のホームページ ↓
日本全国通過旅 (http://gon.mbsrv.net/)

台風10号の動向…大変気になりますネ(^-^;(3)

01-720
02-720
03-720

 本日の午後でしたか…天満屋福山店に出掛けました際ですけど、宮通りでは「福山夏まつり2019」開催の準備品の片付けが始まっておりましたネ(^.-)☆
 そぅそぅ、「芦田川花火大会」の中止は、昨日、発表済みで「いろは丸YOSAKOI」&「二上りおどり大会」開催の可否は、本日15:00に発表でありました。
 この片付けの様子から、「いろは丸YOSAKOI」&「二上りおどり大会」も中止なのだ…と理解しましたけど、我が家に帰りWEB上で一応、確認です。
 そぅしましたら、こんな記載が…

 ◆台風10号接近に伴い「福山夏まつり2019」を中止します

 台風10号の接近に伴い、8月14日(水)に予定していた「いろは丸YOSAKOI」および「二上りおどり大会」を中止します。既に発表している「あしだ川花火大会」の中止と合わせ「福山夏まつり2019」を中止します。
 なお、16日(金)への順延も行いません。

 …と、こんな発表でありました。
 う~ん、残念ですねぇ~5月の「福山ばら祭り」と並び「福山夏祭り」は、福山市の二大イベントなのですけど、中止は実に残念ですねぇ~
 天候要因から仕方ありませんけど、スッカリ寂しいお盆となってしまいましたネ。今から1年後…長いようでもあり、短いようにも感じますけど、来年の「福山夏まつり」がヤッて来ますのを楽しみに待っていたいと思います(^-^)//"

GONsan のホームページ ↓
日本全国通過旅 (http://gon.mbsrv.net/)

台風10号の動向…大変気になりますネ(^-^;(2)

01-720
02-720

 昨日の午後でしたか…ラジオを聴いておりましたら、早々と「芦田川花火大会」の中止の案内が出ておりました。う~ん、残念ですネ(^-^;
 とは言いましても、台風10号の動向…福山市を通過しそうですから、危険を避けます為にはやむを得ません決断なのでしょうネ…
 明日の「いろは丸YOSAKOI」と「二上りおどり大会」開催可否は、本日、15:00に最終判断されます様子。
 さて、どぅなりますのでしょうねぇ~
 GONsanが幼少時からズッと親しんでおります「芦田川花火大会」…過去、中止となりました記憶はありませんけど、台風直撃では仕方ありませんねぇ~でも、残念ですネ(^-^)//"

GONsan のホームページ ↓
日本全国通過旅 (http://gon.mbsrv.net/)

嫁さんの甥の挙式で、8/2~8/4の3日間は金沢行きのGONsanでした(^.-)☆(7)

01-720
02-720
03-720
04-720
05-720
06-720
07-720
08-720
03-720-555

GONsan のホームページ ↓
日本全国通過旅 (http://gon.mbsrv.net/)

嫁さんの甥の挙式で、8/2~8/4の3日間は金沢行きのGONsanでした(^.-)☆(6)

01-720
02-720
03-720
04-720
05-720
06-720
07-720
08-720
03-720-555

GONsan のホームページ ↓
日本全国通過旅 (http://gon.mbsrv.net/)

嫁さんの甥の挙式で、8/2~8/4の3日間は金沢行きのGONsanでした(^.-)☆(5)

01-720
02-720
03-720
04-720
05-720
06-720
07-720
03-720-555

GONsan のホームページ ↓
日本全国通過旅 (http://gon.mbsrv.net/)

嫁さんの甥の挙式で、8/2~8/4の3日間は金沢行きのGONsanでした(^.-)☆(4)

01-720
02-720
03-720
04-720
05-720
06-720
07-720
01-720-555

GONsan のホームページ ↓
日本全国通過旅 (http://gon.mbsrv.net/)

台風10号の動向…大変気になりますネ(^-^;

01-720
02-720

 これは、今日の朝刊の折り込みチラシの中に入っておりましたけど、8/18(日)は「クレセントビーチ夏祭り・花火大会」の開催日。
 お盆明けですから、台風の影響は無さそうですけど、それにしましても気になりますのが台風10号の今後の動向です。

 ◆台風10号

 大型の台風10号は11日(日)午後9時現在、父島の南西約460キロにあって、時速15キロで北西へ進んでいます。中心気圧は965ヘクトパスカル、中心付近の最大風速は30メートル、最大瞬間風速は45メートルとなっています。
 この台風は13日にかけて日本の南海上を北西に進み、その後は進路を北よりに変えながら15日頃に西日本に接近し、上陸するおそれがあります。
 小笠原諸島では12日にかけて非常に強い風が吹き、猛烈なしけとなる見込みです。高波に厳重に警戒し、大雨による土砂災害などにも注意・警戒してください。
 また、西日本と東日本の太平洋側や南西諸島でも、12日午後からはうねりを伴った大しけとなる見込みです。

 ・配信日時:2019年8月11日 13時52分
 台風10号は、15日(木)ごろに九州や四国に接近・上陸する確率が高くなっています。強い勢力で北上してくる上に速度が遅く影響が長引くため、西日本や東日本を中心に大雨や暴風、高波などに警戒が必要となるでしょう。(気象予報士・長谷部愛)

 …と、こんな台風10号ですけど、8/15(木)は「福山夏まつり」の真っ最中。
 台風予報によりますと、広島県直撃の可能性が高そうで「芦田川花火大会」に影響しそうですねぇ~「福山夏まつり」は予定通り開催となりますのでしょうか(^-^)//"

GONsan のホームページ ↓
日本全国通過旅 (http://gon.mbsrv.net/)

嫁さんの甥の挙式で、8/2~8/4の3日間は金沢行きのGONsanでした(^.-)☆(3)

01-720
02-720
03-720
04-720
05-720
06-720
07-720
08-720
02-720-555

 玉泉院丸庭園の散策を終えますと、金沢城公園にと上がります。この金沢城公園は、石垣巡りが楽しいようですねぇ~

 ◆金沢城公園

 天正11(1583)年、前田利家が金沢城に入り、その直後から本格的な城づくりが始められました。キリシタン大名として知られる高山右近を招き、築城の指導をを仰いだと伝えられています。
 西丁口から尾坂口へと大手が変更されたのもこの頃です。しかし、当時は城内に重臣たちの屋敷があり、決して広い城ではありませんでした。
 慶長7(1602)年、落雷により天守が焼失した後、天守は再建されず、本丸には三階櫓と二の丸には御殿が建てられました。
 寛永8(1631)年の火災の後、二の丸の拡大や辰巳用水の通水などにより城の構造が変化するなかで、武家屋敷も城外へと出されました。内堀を掘り、土を掻き上げて各曲輪が区画されていきました。

 宝暦9(1759)年の火災では、城のほとんどを焼失しました。その後の再建では、実用性を重んじ、二の丸を中心とした整備が行われ、本丸の櫓は再建されませんでした。
 細工所が新丸から堂形へ移されたのもこの時期です。現存する石川門は、この後天明8(1788)年に再建されたものです。

 平成13年に復元された菱櫓・五十間長屋・橋爪門続櫓は、文化5(1808)年の二の丸火災の後再建され、明治14(1881)年の火災で焼失したもので、安政頃の景観を再現しました。

 ◆金沢城公園整備の概要

 ・事業の経緯

 金沢城の歴史は、古くは天文15(1546)年に本願寺が金沢御堂を創建したことに始まります。その後、天正8(1580)年に織田信長の命を受けた佐久間盛政が築城を始め、3年後の天正11(1583)年に前田利家が入城し、明治2(1869)年まで加賀藩前田家14代の居城として金沢城が置かれました。
 明治以後、終戦までは陸軍の拠点、その後、平成7年までは金沢大学キャンパスとして利用されてきました。現在、金沢大学は金沢市郊外の角間地区に移転しましたが、この総合移転計画に合わせ、平成3年8月に設置した「金沢大学跡地等利用懇話会」で検討を重ね、平成5年3月に「公園的、文化的利用を基本とする」との提言を受け、金沢城の公園化に向けた動きが始まりました。
 平成8年に金沢大学跡地を取得後、基盤整備や休憩施設など公園としての受け皿を整備し、平成13年に都市公園として開園しました。菱櫓や河北門、いもり掘など城郭施設の復元を進め、平成27年には、橋爪門の復元や玉泉院丸庭園の整備を行っています。

 ・事業の目的
 金沢城の貴重な歴史的文化遺産を後世に継承し、兼六園と並ぶ県都金沢のシンボル公園として、また、本県の歴史・文化・伝統を継承する「象徴」として、本県の豊かな文化土壌に一層の厚みを加えるとともに、県下の交流人口の拡大と都心地区の魅力向上を図ります。

 ・整備方針
 国史跡(平成20年指定)として貴重な文化遺産と良好な緑を保全しながら、江戸後期の城郭の地割りを基に、史実を尊重して公園を整備します。また、菱櫓など歴史的建造物の復元により、往時の城郭の雰囲気が感じられ、歴史を偲べる公園として整備することとしています。具体的な整備にあたっては、城郭、史跡などの専門家や有識者、県民の代表の方など多くの方々の意見を伺いながら進めています。

 ・石垣巡り
 金沢城では、前田利家の入城後、本格的な石垣づくりが始まりました。出入口や庭園といった場所に応じて、特殊な技術やデザインが工夫されたこと、また何度も修築が繰り返されたことなどから、現在、さまざまな種類の石垣を見ることができます。
 さらに、石垣づくりの秘伝書、石を切り出した丁場、石引き道の存在など、石垣に関する歴史資料や環境がそなわっていることをあわせ、金沢城は「石垣の博物館」と呼ばれています。
 ありし日の城の姿に思いをはせながら、金沢城の石垣を巡りますのは楽しいですネ(^.-)☆

 ◆金沢城

 金沢城(かなざわじょう)は、石川県金沢市丸の内にあった日本の城である。江戸時代には加賀藩主前田氏の居城だった。城址は国の史跡に指定されており、城址を含む一帯は金沢城公園(かなざわじょうこうえん)として整備されている。

 ・概要

 金沢平野のほぼ中央を流れる犀川と浅野川とに挟まれた小立野台地の先端に築かれた、戦国時代から江戸時代にかけての梯郭式の平山城である(かつて「尾山」と呼ばれたのもこの地形に因む。台地先端を山の尾と見做した)。櫓や門に見られる、白漆喰の壁にせん瓦を施した海鼠(なまこ)壁と屋根に白い鉛瓦が葺かれた外観、櫓1重目や塀に付けられた唐破風や入母屋破風の出窓は、金沢城の建築の特徴である。

 この地は加賀一向一揆の拠点で浄土真宗の寺院である「尾山御坊(おやまごぼう、または御山御坊)」であった。寺とはいうものの大坂の石山本願寺(大坂御坊)と同じく石垣を廻らした城ともよべる要塞でもあった。織田信長が一揆を攻め落とし、跡地に金沢城を築いて佐久間盛政を置いた。後に盛政が賤ヶ岳の戦いで羽柴秀吉により討たれ、秀吉は金沢城を前田利家に与えた。利家は文禄元年(1592年)から改修工事を始め、曲輪や堀の拡張、5重の天守や櫓を建て並べた。兼六園は、加賀藩五代藩主前田綱紀が金沢城に付属してつくらせた大名庭園である。

 なお、金沢の地名は室町時代の文明年間には既に存在していたことが知られているが、尾山御坊時代は金沢の小立野台地の先端すなわち山尾(尾山)にあったことから尾山の呼称が使われていた。佐久間盛政が新城を築いた時に一向一揆の印象が強い尾山ではなく金沢を城名に用いたが、前田利家が入城すると羽柴秀吉(豊臣政権)に敵対して滅ぼされた盛政命名の金沢城ではなく自身の出身地の尾張国にも通じる尾山を採用した。だが、金沢の地名が広く知られていたために尾山城の名前は普及せず(豊臣政権の公文書でもほとんど用いられていない)、利家自身も再び金沢の城名を用い始めたと推測されている。
 城址は明治以降、存城とされて軍施設が置かれたため建物の一部を残して撤去され、第二次世界大戦後には金沢大学が平成7年(1995年)まで置かれていた。

 …と、WEB上で検索しますと、こんな金沢城公園のようであります(^-^)//"

GONsan のホームページ ↓
日本全国通過旅 (http://gon.mbsrv.net/)

嫁さんの甥の挙式で、8/2~8/4の3日間は金沢行きのGONsanでした(^.-)☆(2)

01-720
02-720
03-720
04-720
05-720
06-720
07-720
08-720
04-720-555

 百万石通りから石川四校記念文化交流館を横目に「いしかわ四校記念公園」を斜めに横断し、「金沢城・玉泉院丸口」へ。
 外人観光客のお二人が「玉泉院丸庭園」に向かっておられましたので、私達も後続です(^.-)☆

 ◆四高記念文化交流館

 四高記念文化交流館(しこうきねんぶんかこうりゅうかん)は、石川県金沢市にある文化施設である。

 ・概要
 石川県が2008年(平成20年)に旧第四高等学校(略称は「四高(しこう)」)に関する資料の展示と文化活動の機会を提供する目的で設置した。金沢市中心部の香林坊から兼六園につづく百万石通りに面し、後方にはいしかわ四高記念公園の緑地が広がる。建物は1891年(明治24年)築の煉瓦造り2階建てで国指定の重要文化財である。正面から見て左半分は無料ゾーンの四高記念館、右半分は有料ゾーンの石川近代文学館となっている。初代館長は加賀藩主前田家18代当主の前田利祐である。

 ・建物
 建物は1891年(明治24年)に建てられた旧第四高等中学校本館である。翌1892年(明治25年)の旧第四高等中学校開校から1950年(昭和25年)の旧第四高等学校閉校まで旧制高等学校として使用され、次いで1964年(昭和39年)まで金沢大学理学部として使用された。その後も金沢地方裁判所、石川県立郷土資料館として保存・活用された。1969年(昭和44年)3月12日には貴重な煉瓦造りの初期公立学校であるとして重要文化財に指定された。
 1986年(昭和61年)、石川県立郷土資料館が本多の森公園に移転したことに伴い、隣接地にあった石川近代文学館が移転入館。2008年4月26日に現施設としてリニューアルオープンした。所有は文部科学省であり、石川県が文化庁から使用許可を受けている。

 ・石川近代文学館
 泉鏡花、徳田秋声、室生犀星など石川県ゆかりの文学者の著作や遺品などを集めた文学館である。有料ゾーンとなっている。2008年のリニューアル前は石川県が財団法人石川近代文学館に建物全体の管理を委託し、同財団が文学館の運営を行っていたが、リニューアル後は石川県が建物を公の施設として直接管理運営し、文学館エリアの運営を同財団に委託している。

 ・四高記念館
 明治から昭和にかけて使用されていた旧第四高等学校(中学校)の歴史を展示する四高展示室4室のほか、旧四高の教室を展示、講座等に利用できる多目的利用室5室、レトロな椅子やテーブルが備えられたレトロ体験室1室がある。同地が金沢市の中心部にあり、街中の活性化を図るため、無料ゾーンとして開放されている。

 ◆いしかわ四高記念公園

 いしかわ四高記念公園(いしかわしこうきねんこうえん)は、石川県金沢市広坂にある都市公園(地区公園)である。石川県が開設・運営している都市公園で、公園の名称はかつて公園内に開設されていた第四高等学校に由来する。
 旧名称は石川県中央公園(いしかわけんちゅうおうこうえん)で、石川県内では県中央公園あるいは中央公園で呼ばれていた。

 ・歴史

 1822年(文正 5年):加賀藩の学問所(藩校)「明倫堂」開設。
 1887年(明治20年):第四高等学校開設(1894年までは第四高等中学校)。
 1949年(昭和24年):新制金沢大学発足(第四高等学校の所在地は理学部の施設となった)。
 1963年(昭和38年):金沢大学理学部が金沢城内に移転。移転2年後から公園としての整備開始。
 1968年(昭和43年):4月1日:石川県中央公園開設。
 1972年(昭和47年):石川県政100周年記念事業として谷口吉郎設計のカスケード(公園内の滝)設置。
 1986年(昭和61年):香林坊市街地再開発事業により公園入口広場を新設。
 2006年(平成18年):指定管理者制度により植宗・吉村グループが公園の整備・運営を行う[2]。
 2014年(平成26年):6月25日:公園の名称を「いしかわ四高記念公園」に変更。

 ・公園再整備・名称変更
 石川県庁舎が2003年に移転した後、公園の緑地帯が拡大し県庁舎跡地との一体整備が必要となった。また、長年にわたって芝生の衰退や悪天候時の広場のぬかるみの発生、樹木の生育環境の悪化が顕著となり、2013年度から公園の再整備を実施した。また、公園の再整備に合わせて、公園の名称を旧制第四高等学校の開設地にちなみ、「いしかわ四高記念公園」にすることにし、公園整備が終了した2014年6月25日に名称を変更した。

 ◆玉泉院丸庭園

 ・庭園の概要

 玉泉院丸庭園は、加賀藩三代藩主「前田利常」による寛永11年(1634)の作庭を始まりとし、その後五代「綱紀」や十三代「斉泰」などの歴代の藩主により手を加えられながら、廃藩時まで金沢城内玉泉院丸に存在していた庭園です。饗応の場として活用された「兼六園」に比べ、藩主の内庭としての性格が強い庭園だったと考えられています。庭園は、城内に引かれた辰巳用水を水源とする池泉回遊式の大名庭園で、池底からの周囲の石垣最上段までの高低差が22mもある立体的な造形でした。滝と一体となった色紙短冊積石垣などの、意匠性の高い石垣群を庭の構成要素とする、他に類を見ない独創的な庭園であったと考えられています。

 ・庭園の整備

 庭園は明治期に廃絶され、その面影は失われていましたが、平成20年から5年間をかけて実施した発掘調査の成果や、絵図、文献、その他類似事例等に基づき設計を行い、平成25年5月に整備工事に着手しました。
 整備にあたっては、遺構保存のため全体的に盛土を行い、その上に庭園を造成しています。また、外周部の石垣修築や入口部の整備など玉泉院丸一帯の整備も合わせて行い、平成27年3月、歴代藩主が愛でたであろう庭園の姿が再現されました。

GONsan のホームページ ↓
日本全国通過旅 (http://gon.mbsrv.net/)
にほんブログ村 写真ブログ 日常写真へ
ギャラリー
  • 嫁さんの甥の挙式で、8/2~8/4の3日間は金沢行きのGONsanでした(^.-)☆(15)
  • 嫁さんの甥の挙式で、8/2~8/4の3日間は金沢行きのGONsanでした(^.-)☆(15)
  • 嫁さんの甥の挙式で、8/2~8/4の3日間は金沢行きのGONsanでした(^.-)☆(15)
  • 嫁さんの甥の挙式で、8/2~8/4の3日間は金沢行きのGONsanでした(^.-)☆(15)
  • 嫁さんの甥の挙式で、8/2~8/4の3日間は金沢行きのGONsanでした(^.-)☆(15)
  • 嫁さんの甥の挙式で、8/2~8/4の3日間は金沢行きのGONsanでした(^.-)☆(15)
  • 嫁さんの甥の挙式で、8/2~8/4の3日間は金沢行きのGONsanでした(^.-)☆(15)
  • 嫁さんの甥の挙式で、8/2~8/4の3日間は金沢行きのGONsanでした(^.-)☆(15)
  • 嫁さんの甥の挙式で、8/2~8/4の3日間は金沢行きのGONsanでした(^.-)☆(15)
プロフィール

 ・名前 GONsan
 ・年齢 大人
 ・性別 男子
 ・地域 広島県福山市
 ・星座 牡牛座


GONsan's ホームページ 「日本全国通過旅」


Since '00/04/19  ブログパーツUL5




↓ 何となく笑えます(^.-)☆

















↓ 今は亡きGON子です



  • ライブドアブログ