GONsanの“気まぐれ独り言”


GONsanがこよなく愛します芦田川には、こんなおばけフナが生息しております(^.-)☆



 これは、夕方、ゴンchanと散策時の芦田川河川敷の一コマなんです。
 何でもない景観ですけど、芦田川近くに暮らしていますGONsanですから、こんな景観に心は癒やされます。
 これでもか、これでもかと、芦田川の景観を飽きもせず撮り続けておりますが、今からも、これからも、ズッと撮り続けて行きます事でしょうネ(^-^)/

12/11(日)は、久し振りに松山行きとなりました(^.-)☆(31)

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 松山城は、別名「金亀城」とか「勝山城」と呼ばれているようです。「金亀城」は、昔、お堀に金の亀が棲んでいたという言い伝えから。「勝山城」は、お城のある山の名前が「勝山」だから。
 今も、麓に「勝山町」という町名がありますようですネ(^.-)☆

 ◆伊予松山城(いよまつやまじょう)

 慶長五年(1600)の関ヶ原の戦いで徳川家康率いる東軍に味方し、最前線で活躍した加藤嘉明は、その戦功により伊予国正木(松前)10万石から20万石に加増される。大封となった嘉明は足立重信を普請奉行に据え、道後平野中央の勝山に慶長七年(1602)から築城を開始した。翌八年(1603)十月には居を新城下に移し、松山という名称が初めて公にされたといわれる。
 その後も築城工事は続き、25年間かかって寛永四年(1627)にようやく完成。当時の天守は五重で偉容を誇ったといわれる。しかし、完成直前に嘉明は40万石に加増され会津に移封されてしまう。

 加藤嘉明に代わり24万石の領主として松山に入封してきたのが出羽・上山城主・蒲生忠知(蒲生氏郷の孫)である。忠知は二の丸の整備に力を注ぎ完成させたが、寛永十一年(1634)二月に参勤交代の途中に京都で病没し蒲生家は嗣子なく断絶となる。
 その後、寛永十二年(1635)七月に伊勢・桑名から松平定行(徳川家康の異父同母弟の松平定勝の子)が15万石で松山に入封する。以後、親藩・松平(久松)家が明治維新まで代々居城した。寛永十九年(1642)定行は、三年の年月をかけ、築城当時五重だった天守を三重に改築した。地盤の弱さからとも幕府への配慮ともいわれている。

 その三重の天守も天明四年(1784)元旦に落雷で消失するが、安政元年(1854)に天守を復興させた。これが現在の天守で、親藩・松平氏が黒船来航の翌年に復興させたため、、わが国最後の完全な城郭建築となった大天守は現存12天守の中で唯一、築城主として葵の御紋が付された天守である。

 伊予松山城は松山平野中央部にあり、勝山(標高132m)の山頂に本丸がある連立式天守の平山城である。姫路城、和歌山城とともに日本三大平山城のひとつに数えられている。山頂に本丸、中腹に二之丸、山麓に三之丸を整備した広大な規模の城郭である。天守は安政元年(1854)再建と全国に12ある現存天守の中で一番新しいがその姿は重厚で美しい姿を見せてくれる。天守の他にも20棟が国の重要文化財に指定され、戦災や不審火で失われた建造物も木造で多く復元されている。また天守曲輪、本丸、二之丸の石垣がほぼ完全に残っており当時の縄張りもほぼそのままで、非常に見所の多い全国でも屈指の名城である。
 この城は観光用でロープウェイかリフトで本丸まで一気に行くことができ、そちらから登る人が非常に多いが、無料駐車場もある二之丸史跡庭園の下から登るのが城好きにはおすすめである。

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SAのイルミネーション…それなりにキレイです(^.-)☆

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 社用で関西方面に車で出張…と言っておりました友人特派員。
 どうやら日帰りでしたようですネ、P.M.7:00頃にこんな画像が届きましたから(^.-)☆

 相変わらず説明も何にもありません(^-^;
 何処で撮られたのだろぅ…と、6枚の画像を拡大し隅々まで見つめていますと、うん、うん、分かりましたネ(^_^)v
 かろうじて一ヶ所のみ地名の記載に気が付きました。
 ふ~ん、三木SAでありました。

 こんな時間帯に山陽道三木SAにおられますと言う事は、帰路、休憩か食事で立ち寄られましたのでしょうねぇ~
 土・日曜・祭日でありましたら行楽帰りの車輌で賑わいますのでしょうけど、平日ですから閑散としたものです。
 この調子では福山に戻って来られますのは、P.M.8:00~8:30…1時間では戻れませんから8:30頃になりますのかも分かりません。

 新しい年を迎えまして間もないのですから、とにかく事故無く安全に福山に戻って頂きたいものであります(^-^)//"

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12/11(日)は、久し振りに松山行きとなりました(^.-)☆(30)

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 黒門口登城道をユックリとって来ましたので、さほどしんどくも無かったのですけど「待合番所跡」に到着しますと、暫し休憩となりました(^.-)☆

 ◆松山城・待合番所跡

 揚木戸門と大手門によって仕切られたこの区域には、待合番所という警備のための詰所がおかれていた。常時3人の兵が詰めて、警備をおこなっていたという。
 石垣上のいま柵となっているところは、石落(いしおとし)・鉄砲狭間(てっぽうざま)・矢狭間(やざま)を備えた渡塀(わたりべい)が続いていたらしい。

 ここでは、挙式を控えたカップルの前撮りなのでしょうねぇ~たまたま遭遇ですから、チョッと失礼して後方からGONsanも撮らせて頂きました(^_^)v
 このお二人は、結局、ほとんどGONsanと同じコースで松山城を廻っておられました。
 ラッキーでしたネ(^-^)//"

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友人特派員が3枚の画像の送信を…

01-800-5555

 何にも説明もありませんけど、友人特派員が3枚の画像を届けてくれました(^.-)☆
 1枚は「ライトは上向きが基本」と記された表示板の画像です(^-^)

 うん、うん、そぅなんですけどねぇ~
 夜間に芦田川河川敷にジョギングに出掛け、河口堰方向に走ります時には土手を走ります。が、その際に、夜間走行の対向車両が大概上向きライトで走行です。
 それが、結構、ジョギングしていますと怖いのですよ。
 前方が眩しくて見えなくて、ハッと気が付きますと土手の縁とか、縁石ギリギリに走っています事に気付きます時も…
 上向きライトの走行には、何とも(^-^;

 月夜では何ともないのですけど、真っ暗な土手をジョギング時には対向車の上向きライトは結構危険(^-^;
 せめて擦れ違いの際とか、前方に人影が見えましたら下向きにして頂けたら…と。
 ですが、それでは事故防止上、上向きライトでの走行の意味が無くなりますのかも…
 とにかく、夜間、真っ暗な土手等でジョギングしておられます方には理解して頂けるものと思いますけど、「ライトは上向きが基本」にはチョッと複雑な気持ちも湧いてしまいますネ(^.-)☆

 二枚目は、当のドライバーsanには失礼かも分かりませんけど、少し笑えます一コマかも…
 スリップ痕がありませんから、走行中にスリップして、上手に電柱との接触を避けこの場所に突入されたのでも無さそうですし…
 それとも、進入路があるものと思い進入したら道が無く動けなくなった…ようでも無さそうですし…
 どうされましたのでしょうねぇ~
 それにしましても、道幅の関係でレッカー車で引っ張り出すのも仲々容易ではなさそうな感じですねぇ~

 どんな状況で、こんなトラブルとなりましたのでしょうねぇ~

 三枚目は、どちらで撮られましたのでしょうねぇ~
 先週土曜日から寒波襲来で、各地で雪被害に困惑しておられます方々も多いのでしょうけど、これは呉方面の景観なのかも…
 雪が舞いますドンヨリとした空から一転、気持ちの良い晴天にと戻りました穏やかな景観です。それでも体感温度は低いのですけど、何となく爽やかな景観ではあります(^-^)//"

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12/11(日)は、久し振りに松山行きとなりました(^.-)☆(29)

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 この「黒門口登城道」が本丸への最短コースなのではありますけど、上から降りて来られます方には遭遇しません(^-^)
 皆さんロープウェイの利用なのだろうなぁ~と思っておりましたら、ヤッと上から人影が(^.-)☆
 うん、うん、この登城道を楽しまれます方もおられます(^_^)v

 そして、「松山城山樹叢(まつやましろやまじゅそう)」の表示板が…
 んっ、「松山城山樹叢」って何なんでしょう?WEB上で検索しますと、こんな記載が…

 ◆松山城山樹叢(じゅそう)について

 ・文化財の区分 -- 愛媛県指定天然記念物
 ・指定(登録)年月日 -- 昭和24年9月17日 指定
 ・所在地及び所有者(管理者) -- 松山市丸之内 松山市

 ・解説

 松山城山は道後平野の中心地、松山の市街地の中央に位置した標高131.1m、周囲約4km、県中部地域の暖帯林として、景観はもとより、植生も優れた山で、植物の種類も豊富である。
 慶長7年(1602年)、加藤嘉明がこの山に築城をはじめた頃は、はげ山であったが、その後、アカマツが植林されて、山一面を覆い、松の山になったと伝えられている。
 ここに生育するシダ植物、種子植物は550余種類、それらの中には帰化植物と逸出植物(始め栽培、後放置のもの)が50余種類ある。植物の自然分布から考えると、この地方は暖帯であるから、暖地性植物が多く、シダ植物のヒメウラジロ、イシカグマ、アマクサシダ、トキワトラノオ。
 種子植物のイヌマキ、ヤマモモ、ウバメガシ、ホソバイヌビワ、ムベ、ハスノハカズラ、オガタマノキ、カゴノキ、ヒメユズリハ、ホルトノキ、カクレミノ、ヤツデ、タイミンタチバナ、オオハンゲ、ヤブミョウガ、ハナミョウガ、コクランなどがある。

 一方、本来の低山、山地性の植物もあり、シダ植物のヒカゲノカズラ、トウゲシバ、オニトウゲシバ、ウチワゴケ、クラマゴケ、オオバノイノモトソウイロハイヌワラビ、ヤマイタチシダ、ハリガネワラビ、ヘラシダ。
 種子植物のメヤブマオ、アカガシ、イヌシダ、ヒメキンミズヒキ、ハリギリ、シラキ、ケケンポナシ、シラヤマギク、ガンクビソウ、アブラススキホウチャクチョウなどがある。
 また、この山は現在の海岸から直線距離で約6km離れた地点にあるが、海岸性の植物も生育しており、それらはオニヤブソテツ、ツクシケマン、トラベ、ハマヒルガオ、ハマクサギ、コイケマ、ハマスゲである。

 つぎに城山の植物の植生状態から考えると、ツブラジイ林:ツブラジイ(コジイ)が高木層を形成しているもので、城山の最も広い面積を占めている。5月上旬には一斉に黄色い花をつけて城山全体が明るくなる程である。アラカシ・タラヨウ・ネザサ・ベニシダなどがある。
 アラカシ林:アラカシ・アベマキ・クスノキ・モチノキなどが混生して高木層を形成している林である。他にアオキ・ヤブツバキ・モチノキ・ベニシダなどがある。
 クスノキ・ホルトノキ林:クスノキ・ホルトノキは城山全域に生育しているが、高木層の優先種となっているのは北斜面のみである。他にカラカシ・アオキ・カゴノキ・ベニシダなどがある。
 ウバメガシ林:小面積ではあるが、西斜面下方にあり、ウバメガシを主とし、他にアカマツ・ゴキダケ・コシダなどがある。
 アベマキ林:アベマキを主とし、他にアラカシ・コジイ・ハゼノキ・ネザサ・ヤブコウジ・ヒトツバなどがある。この林は城山の各地にみられるが、いずれも面積は小さく、かつ減少傾向にある。

 …と、こんな説明でありました(^.-)☆

 ◆伊予松山城

 ・所在地 -- 愛媛県松山市丸之内1
 ・築 城 -- 伊予国正木城主であった加藤嘉明が、関ヶ原の戦いで東軍に属し戦った戦功により慶長7年(1602年)伊予国20万石を与えられ、それを機に道後平野の中心部にある城山(勝山)山頂に新しい城を築き始めます。最終的には山頂の本丸、山麓に二の丸、三の丸を設けた広大な平山城となりました。

 嘉明は翌年の慶長8年(1603年)に伊予正木から勝山に移り地名を「松山」と改め、城も松山城となります。寛永4年(1627年)に一応の完成をみたのですが当時の天守は五層で威容を誇っていたと伝えられています。しかし嘉明は松山城の完成直前に会津藩へ加増転封となり、そのあとへ出羽上山藩の蒲生忠知が入り松山城の完成に力を注ぎました。

 寛永12年(1635年)伊勢桑名藩主松平定行が入封、伊予松山15万石の藩主となります。これ以降松平家が明治維新まで続きました。

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今年の福山市民球場でのオープン戦…対戦相手はヤクルトですねぇ(^.-)☆

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 一昨日の土曜日でしたか…中国新聞販売所sanより、早々と福山市民球場でのオープン戦「カープvsヤクルト」戦の入場券が2枚届いておりました(^.-)☆
 ふ~ん、今年の対戦相手はヤクルトスワローズのようですネ。

 昨年の福山市民球場でのオープン戦は黒田投手が先発でしたけど、今季は黒田投手がいませんのがチト寂しいですねぇ~
 昨年はリーグ優勝の広島東洋カープ。
 今年は、是非、日本一を叶えて欲しいものであります。が、まだキャンプ入りもしておりませんから(^-^)

 で、今年のカープはどぅなんでしょう…
 昨年の日本シリーズ「カープvs日本ハム」戦でのカープの負け方が気になりますけど、2/1からのキャンプでチャンと修正が図られますでしょうか…
 まぁそのような事はともかく、年に一度の福山市民球場でのプロ野球試合。
 お祭りみたいなもんですから、是非出掛けまして、勝っても負けてもカープの試合観戦を楽しみたいですねぇ(^-^)//"

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12/11(日)は、久し振りに松山行きとなりました(^.-)☆(28)

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 石手寺を後にし、また松山市中央部にと舞い戻りです(^.-)☆
 そして、松山城二之丸史跡公園下の駐車場に車を駐め、いざ登城となりました。

 堀之内公園に一歩踏み込みますと、スグに「城山公園」の案内表示板が(^_^)v 今からGONsanが上りますのは「黒門口登城道」と言うのですねぇ~
 黒門口登城道をWEB上で検索致しますと、こんな記載が…

 ①堀之内公園(旧三之丸・明治17年から兵営が置かれ連隊跡地)から黒門口登城道を利用し歩いて本丸をめざします。およそ20分の行程。
 ②車でお越しのお客様は二之丸史跡庭園駐車場(専用)に駐車し、庭園入園後に本丸を目指してください。
 ③ツヅラ折れの道中、こんな反り返った石垣もあり楽しみも人一倍。
 ④黒門口から約1分半、ツヅラ折れが終わると左右に分かれ道があります。右は二之丸・左は黒門口登城道です。
 ⑤二之丸庭園は敷地1.6haを史跡庭園として平成4年5月に開園し、庭園内部は古い絵図や発掘調査に基づき遺構の上に表現され、部屋の間取りの中に各種の柑橘や草花を植えた「表御殿跡柑橘・草花園」と部屋の間取りの中で水が流れる「奥御殿跡・流水園」と大きく2つに分かれています。

 …と言う事は、本丸登城より先に二之丸史跡公園に入園しなければならないのでしょうけど、GONsanはそのまま本丸にと向かい、下山時に入園スル事に致します(^-^)

 挿入の画像の下段左端は「二之丸庭園の北門」ですけど、城主も登城時にはこの門を潜って登られましたようですネ(^_^)v
 そして暫く上りますと「槻門跡」の表示板が…
 槻門(けやきもん)は本丸大手門と二之丸搦手門との分岐点に位置する重要な門で、城内最大の櫓門が有ったそうです(^-^)//"

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今朝は、うっすらと雪化粧の我が家周辺でありました(^.-)☆

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 A.M.7:30頃でしたか…子供のはしゃぎ声が聞こえますので窓から外の様子を伺いますと、うっすらと雪化粧の我が家周辺でありました(^.-)☆
 我が家周辺では今冬初めての降雪・積雪ですから、嬉しいのでしょうねぇ~
 近隣の兄妹なのでしょうか…寒そうにしながらも嬉しそうに(^.-)☆

 まぁGONsanも、この子達のはしゃぎ声につられてカメラを手に外に出ていますのですから、この歳となりましても雪景色は嫌でもありませんが(^-^)
 但し、日曜日の朝ですからそぅなのですけど、これが月曜日の朝でしたらこぅもいきません(^-^;
 車は走行出来るのだろうか?…と、出勤時の渋滞に想いが向かってしまいますから(^-^)

 天気予報によりますと、

 ◆広島県天気概況

 ・南部では、15日昼過ぎまで大雪に警戒してください

 中国地方は、この冬一番の寒気が流入し強い冬型の気圧配置となっているため、雪が降っています。
 15日の広島県は、強い冬型の気圧配置が続くため、断続的に強い雪が降り、雷を伴う所がある見込みです。
 16日は、冬型の気圧配置が次第に進みますが、午前中は強い寒気の流入が続くため、北部を中心に雪が降り、雷を伴う所があるでしょう。午後には天気は回復に向かう見込みです。

 …との事ですけど、この時間になりますと、気持ちの良い晴天の下、雪もスッカリ無くなってしまいました。
 このまま広島県南部は穏やかな一日となりそうですけど、さて、どぅなんでしょうねぇ~
 とにかく、今朝は、寒くて冷たい我が家周辺でありました(^-^)//"

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12/11(日)は、久し振りに松山行きとなりました(^.-)☆(27)

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 地底マントラから出て来ますと、そろそろ退散です。
 初めて訪れました石手寺なんですけど、仲々不思議なお寺でありました(^.-)☆
 また機会がありましたら、訪れてみたい気が致します。

 それでは、今度は、松山城の散策を(^-^)//"

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12/24(土)は『福山城あかりまつり』に出掛けてきました(^.-)☆(6)

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 福山駅前の夜景…天満屋前から駅方向を…そして、アイネスフクヤマの窓ガラスのイルミネーションを…
 こぅした夜景はあまり撮る機会も少ないのですけど、画像に納めますと仲々キレイ(^.-)☆

 ところで、いつでしたか…中国新聞に「アイネスフクヤマ」の記事掲載がありました。
 GONsanは知りませんでしたけど、アイネスフクヤマの屋上庭園の一部は一般開放されていますのですねぇ~

 知りませんから出掛けた事はありませんけど、いつか機会に恵まれましたら、屋上庭園に上がってみたいものであります。
 屋上からの眺望は、さほど良さそうにも思えませんけど話しのネタに(^-^)/
 それと、『福山城あかりまつり』の記事掲載も(^-^)//"

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プロフィール

 ・名前 GONsan
 ・年齢 大人
 ・性別 男子
 ・地域 広島県福山市
 ・星座 牡牛座


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